教室に入り挨拶を済ませてから、京は鈴木に今度の日曜日に家に来ないかと誘った。

「え、行く行く!」

 予想通り嬉しそうに笑ってうなずいた鈴木に、京はうなずく。

「伝えとく」

「あ、そうそう。今日の部活見学、俺が案内するからな」

 思い出したように言って、杉浦は笑った。

「運動部の見学、楽しみにしてろよ?」

「ああ。よろしく頼む」

「俺んとこ来た時、部長に頼んで試合に入れてもらうようにするからな!」

 鈴木が興奮気味に申し出る。それに、京は無言でうなずいた。

 それからは松尾が来るまでの間、三人は昨日の部活見学の話に花を咲かせた。



 一時間目は化学だった。今日は実験を行うとのことで、現在三人は化学実験室へと移動中である。

「あ、新田ちゃん」

 ふと窓の外を見て、鈴木がつぶやいた。そこに目をやると、花壇に水を撒く女性の教員がいた。杉浦が窓を開けて、声をかける。

「新田せんせー、はよーざいます」

「おー、杉浦くん。おはよう。隣にいるのは鈴木くんかなー?後ろにいる子は?」

 明るく笑って、新田は水を撒くのを止めて首をかしげた。

「はよーっす!こいつ、昨日うちのクラスにきた転校生っす。伊吹京って言いまーす」

 ぺこりと京が隣に立って挨拶する。

「あぁ、松尾先生が言ってた子ね〜。私は生物を担当してる新田亜佑美にったあゆみ。よろしくね」

「っす」

 なんだかほんわかしている人だ。前の高校にはいなかった人種である。

「新田せんせー今日は解剖しないんですかー?」

 揶揄の含みのある鈴木の発言に、新田はむっと顔をしかめる。

「そう毎日解剖してませーん。いいから、早く授業に行かなきゃ遅刻するよ〜?」

「あ、忘れてた。じゃあね〜」

 鈴木が笑いながら手を振った。授業は忘れちゃダメだろう。

 京は小さく苦笑して、手を振って自分たちを見送る新田に、もう一度軽く頭を下げて返した。



 実験の班は自由にして良いとの指示を受けて、いつのまにか定番となった組み合わせである京、鈴木、杉浦の三人は集まる。班は五人いなければならないので、あと二人探さなければならない。

 誰を誘おうかと鈴木と杉浦で話し合っている間に、二人の女子が京の肩を叩いた。

「ここ、班員足りないならうちら入ってもい?」

 短く切り揃えられた黒い髪を揺らして、片方の女子が首をかしげる。京はそれにこくりとうなずいた。

「よかった。おーい、鈴木、杉浦。私たちここに入るからね」

 声をかけられて、二人は目を瞬かせてうなずいた。

「ちょうど足んなかったら助かるわ〜。よろしくな」

「うん。私たち伊吹と話してみたかったらちょうどよかった。ね?」

 と、後ろにいる髪をおさげに結った気弱そうな女子に確認する。彼女はこくこくと何度もうなずいた。

「…よろしく」

 一方で、京もまた初めて女子に話してみたいなどと言われて内心舞い上がっていた。これぞまさしく青春、だ。

「うち、日比野亜衣ひびのあい

「わ、私は結城美鈴ゆうきみすずです!」

「日比野は女子バレー部、結城は家庭科部に入ってるんだ」

 鈴木が補足として付け加えてくれた。それに、京はじっと美鈴を見つめる。

「家庭科部…」

「は、はいぃ!昨日、鈴木くんと見学しに来てましたよね!?そ、それでお話ししたいなって、思ってて!」

 必死である。

(…やっぱり、俺の目つきは怖いのか…)

 少し傷つきながらも、京はどうにか表情を和らげようと口元に笑みを浮かべる。

「伊吹、顔怖い怖い」

 杉浦が慌てたように彼の顔の前で手を振った。

「…悪い…」

 更なるショックを受けて、京は撃沈する。かえって裏目に出てしまった。なぜこうも自分は不器用なのか。

「あっ、だ、大丈夫です!私、人と話すのが苦手で、他の人と話す時もこんな感じなので…!!気にしないでください」

 それに、京はほっと胸を撫で下ろす。怖がられていたわけではないのか。

「すみません!私がグズでノロマで情けないばっかりに、人様に迷惑をおかけして…!ああぁ、いっそ私なんていなくなれば!!」

「やっぱり、俺が追い詰めてるんじゃ…」

 どんどん二人の周囲が暗くなっていく。

「あー、はいはい。ストーップ!あんたらある意味気が合うよ。美鈴も伊吹も考えすぎ!もっと気楽にいこ!ていうか、実験始めよ」

 亜衣が呆れたように笑って二回手を打つ。

「だなー。始めるべ」

 杉浦が道具の準備をし始めて、鈴木もガスバーナーを用意し始める。

 美鈴と京も、はっとしてその手伝いを始めた。

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