⑥
実験を無事成功させて、片付けをしながら京は美鈴に声をかけた。
「結城に、聞きたいことがある」
「は、はい!なんでしょう!?」
びくつきながらも、彼女は背筋を伸ばして応える。
「…家庭科部は、楽しいか」
「そ、それはもう!お料理やお菓子作りも、お裁縫も全部楽しいです!」
ふん、と鼻息荒く言い切った美鈴は、そのまま言葉を続ける。
「なにより部内の雰囲気がとても良いです。部長と副部長がすごく仲が良くて、二人とも優しいです!!ついでに、部長の作るスイーツは絶品なんです!」
それに、京はぴくりと眉を動かす。
「それは本当か」
「本当です!」
ぐっと拳を握って言い切る。
「…食ってみてぇな」
「でしたら、今日のお昼休みに部長のところに行きましょう!あの人、いつも何かしら手作りのお菓子を持ち歩いているんです!!」
「行く」
即答だ。話を聞いていた他の三人が、おかしそうに笑った。
四時間目。数学の時間中、ずっとそわそわと昼休みになるのを今か今かと待ち侘びていた京を、担当教師である久我が当てた。
「伊吹、解いてみろ」
無言で立ち上がって、京は黒板の前に立つ。さらさらと答えを書いて、先に戻った。
「正解」
久我が赤いチョークで丸をつけて、苦笑混じりにため息をつく。
「授業聞いてなさそうだったから指したんだが、あんま意味なかったな」
「…さーせん」
一応京が悪いので、軽く頭を下げておく。それに手を挙げて答えて、久我は授業を進めた。
授業を終えるチャイムが鳴った。号令を終えて、京は美鈴の元へ歩いた。
美鈴も立ち上がり、二人で顔を見合わせてうなずく。
いざ、三年生の教室へ。
覚悟を決めた顔をして教室を出て行った二人を、亜衣、鈴木、杉浦の三人は呆れたような顔をしながらも見送った。
「し、失礼します!伊東先輩はいらっしゃいませんか!?」
三年一組の教室の入り口で、美鈴が声を張り上げる。京はそれに目を瞬かせた。
(こいつ、結構度胸あんじゃねぇか)
京は感心しているが、美鈴の心の中は大変なことになっていた。
(うわぁ、うわぁ!どうしよう、つい緊張のあまり何も考えないで教室にいる先輩方全員に対して聞いちゃった…!今考えると廊下にいる先輩に聞いて呼んで貰えばよかったんじゃ!?)
それから少しして、一人の背の高い男子生徒が近づいてきた。
「どーしたの?結城ちゃんが俺んとこ来るなんて珍しいねぇ」
どうやらのんびりと言うこの男子生徒が、家庭科部の部長のようだ。
垂れ目に目尻の部分に小さなほくろがある。茶色く長い髪をハーフアップにしていた。なんだか一見すると話し方といい見た目といい、チャラそうだ。
(こんな奴が美味い菓子を作れんのか?)
思わず疑いの目を向ける京である。
「すすすみません。えっと、佐野先輩から昨日見学の子が来たと言うことは聞きましたでしょうか!?」
「うん、聞いてるよ〜。男子なんだって?」
「は、はいぃ!で、その見学に来た子というのが、この子です!」
さっと身を引いて、美鈴は京を押し出す。
「…ちわっす」
彼は戸惑いながらもぺこりと頭を下げた。
「おぉ、君が」
ふむと一つうなずいて、ポケットから何かを取り出して差し出してくる。
「はじめまして、
皐の手のひらの上にのっていたのは、個装されたチョコブラウニーだった。京はそれを瞳を輝かせて受け取る。
「あざっす」
「いえいえ。なんていう名前なの?」
それに、彼ははっとした。先輩に先に名乗らせておいて、自分は名乗らないなどと、失礼なことをしてしまった。
「伊吹京っす。埼玉から来ました」
「あ、そーなんだ。京ちゃんって呼んでもいい?」
「…っす」
正直初めての呼び名なので、面食らいつつもうなずく。
「京ちゃん家庭科部入ってくれるの〜?」
「…まだ考え中っす。今日、運動部も見学に行くので」
少しいいづらそうに言う京に、皐はにこにこと笑った。
「そっか〜。俺としては男子が増えたら嬉しいから、歓迎するよ」
「あざっす」
もう一度、ぺこりと頭を下げる。それにうなずいて、皐はひらりと手を振った。
「じゃあ、俺まだ飯食ってる途中だからまたね」
「あ、ありがとうございました!」
美鈴も頭を下げた。彼は教室の中へ戻っていく。
それを見送って、二人は顔を見合わせうなずいた。
とりあえず、目的である伊東が作ったお菓子を手に入れることができた。
「紹介してくれてサンキュ、結城」
「いえ!お役に立ててよかったです」
嬉しそうに微笑む美鈴に、京は胸が熱くなる気がした。
(なんて良い奴なんだ…良い奴すぎて簡単に人に騙されそうだ)
その時は守ってやらねば。そう心に決めて、京は拳を握った。
教室に戻って京は、鈴木、杉浦、亜衣、美鈴と共に弁当を食べ終えてから、皐からもらったチョコブラウニーを一口、食べた。
その瞬間、芳醇なカカオの香りと仄かな苦味と絶妙な甘さ。そして、ふわふわしっとりとした完璧な食感。
京が今まで食べてきたチョコブラウニーの中でも、トップクラスに入るくらいの美味しさだった。
押し黙って固まった京に、その様子をじっと見守っていた四人はごくりと生唾を呑んだ。
「………とんでもなく」
一度言葉を切って、京は普段では考えられないくらい柔らかく穏やかな笑顔を浮かべる。
「美味い…」
「「おぉ!」」
鈴木と杉浦がとても感動したように声を上げ、美鈴と亜衣が目を丸くした。
「よ、よかったです〜。お口に合わないのかと思いました」
「美鈴がよく部長さんのお菓子美味しいって言ってたけど、ここまでとは」
感心したように亜衣が言って笑った。
「私も今度食べに行こっかな」
「ぜひ!亜衣ちゃんもきっと気にいるよ!」
きらきらと瞳を輝かせる友人に、亜衣はうなずいた。
黙々とチョコブラウニーを平らげて、京は口を開く。
「家庭科部に入部する」
「えぇ、まだ運動部見てないのに?」
鈴木が目を丸くして聞いた。
「入部、する」
先程の表情が嘘かのように、真顔で言い切る京に、鈴木と杉浦は苦笑してうなずいた。
「まぁ、お前が良いなら良いけど」
「だな〜。なんなら兼部もできるし、あとから入部すりゃいいもんな」
それに、京はうなずいた。
「…運動部の見学は、したい。杉浦、付き合ってくれるか」
「もちろん。どうせ暇だしな」
ぐっと親指を立てて快諾してくれた杉浦に、京は小さく笑った。
「サンキュ」
「おう」
「部長もきっと大喜びです!」
嬉しそうに言う美鈴に、京も笑ってうなずいた。
こうして、元喧嘩番長、伊吹京の家庭科部の入部が決まったのだった。
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