③
結局その後の試合でも鈴木は京からボールを奪うことができず、納得いかないまま体育の授業は終了した。
教室に戻って着替えている間も、鈴木はずっと京を睨みつけていた。その頭を、杉浦が引っ叩く。いい音が鳴った。
「ってぇなぁ!これ以上バカになったらどうすんだ!」
憤慨する鈴木に、彼は鼻で笑った。
「そん時は大人しく留年しろ」
「なんて奴だ…悪魔だ…鬼だ!」
ギャーギャーも喚き始めた鈴木を無視することに決めて、杉浦は京の肩に手を置いた。
「なぁ伊吹、鈴木に圧勝したんだからなんか奢ってもらえよ。うちの高校の購買のパン、めっちゃうまいぜ?」
「…いいのか?」
それに、彼は大きくうなずく。
「勝者の特権だ。な?鈴木」
「えーい、俺はそんなこと一言も言ってないぞ!!」
顔をしかめて言う鈴木に、京はうなずく。たしかに言っていない。が、杉浦がニヤリと笑った。
「おいおい、天下の鈴木様が男同士の勝負で負けたのに、その対価も支払わないのかい?ずいぶん男が廃れちまったなぁ?」
「む…」
眉間にシワを寄せて、考え込む。京は内心で戸惑った。
「見損なったよ、鈴木。お前はそんな奴だと思ってなかった」
周囲の男子たちが騒ぎ始めた。
「まぁた始まったよ…」
「杉浦も人が悪りぃよなぁ…」
「ま、何回も騙される鈴木もバカだと思うけどな」
「違ぇねぇ!」
ゲラゲラと大口を開けて笑いだす。どうやら、このやりとりは割と日常的に繰り広げられているようだ。
「…たしかにそうだな。よっしゃ、伊吹、勝利の暁にお前に何か奢ってやろう!」
(…これは…言ってやった方がいいのか…?)
どうすればいいのか困惑していると、杉浦が口元に手を持っていく。
「よっ、日本一!太っ腹〜!」
「へへぃ、やめろよ照れるぜ」
「……」
これは言わぬが花と考えて、京は黙秘を決め込んだ。
午前の授業を終えて、鈴木と杉浦と三人で購買に向かう。いつもは美代が弁当を作ってくれているのだが、引っ越しで疲れが出たのか寝坊してしまったので、今日はそれがない。
「ごめんね〜」
とパジャマのままで申し訳なさそうに謝ってきた母の顔を思い浮かべながら、京はかえってよかったなと思った。
購買につくと、そこはガヤガヤと生徒たちで賑わっていた。定食を頼む声やパンの列に並ぶ生徒たちの騒めきが鼓膜を震わせる。
三人もパンの列に並んだ。
「伊吹は何がいい?」
鈴木が聞いた。京は悩んだ。何がいいかと聞かれても、彼は今日この学校に来たばかりなのでここの購買にどんなパンが売っていてどれが美味しいのか、皆目検討がつかない。
黙ってしまった京に、鈴木があっと声を上げる。
「悪い悪い。お前まだここのパンのこと何も知んないもんな。わかるわけないか」
ケラケラと笑う鈴木を冷たい目で見ながら、杉浦が仰々しく咳払いをしてからピンと人差し指を立てる。
「ここのパンは惣菜パンから甘いパン、蒸しパンとそりゃもう種類豊富だ。三年間じゃとてもじゃないけど制覇は難しいくらいにな。おすすめは惣菜パンなら定番の焼きそばパン、カレーパン、後ちょっと珍しい蓮根チーズパン。甘いパンだったらメープルパンとこれまた定番のメロンパン。蒸しパンは黒糖が大人気だ」
「…メープルパン…」
ごくりと生唾を呑む。他の甘いパンも魅力的だ。
そんな京の反応に、二人はおかしそうに笑った。
「よぉし、じゃあ焼きそばパンとカレーパン、メープルパンを奢ってしんぜよう。俺も同じの買お〜」
京の肩を組んで声高々にいって、鈴木は拳をあげた。
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