第二蹴 運動能力

「伊吹〜」

 のんびりとした声で、鈴木が京の肩にもたれかかる。一瞬、京の眉がぴくりと上がったが、それは嫌だからではなく、むしろ普通の友達っぽい行動にとても喜んで、筋肉が勝手に動いてしまっただけである。

「…なんだ」

 そんなことは表情にはおくびにはださず、落ち着いて京は返す。

「次の体育、バスケなんだってよ。お前得意か?」

 それに、彼は迷った末にうなずいた。

「運動は嫌いじゃねぇ」

 ほんの少し前までは喧嘩という名の運動をしていたので、運動神経は普通にいいはずだ。たぶん。

「おぉ〜。俺も勉強はてんでダメだけど、運動は結構得意なんだよ。もしも試合で別のチームだったら勝負しようぜ」

「…いいぜ」

 勝負、という一言に思わず癖で拳に力が入ってしまったが、慌てて力を抜く。やはり長年培ってきた感覚はそう簡単には抜けないようだ。

 急に自分の手のひらをじっくりと眺め始めた京に、鈴木は不思議そうに首をかしげ、はっと息を呑む。

(伊吹って実は、ナルシスト…!?俺の手、綺麗だな…なぁんて思ってたり…)

 そんなことを考えて、京の表情をこっそり覗き込んでみる。眉間に深い皺が寄っていたので、それはなさそうだ。

(なぁんだ、びっくりした)

 京は隣でそんなことを思われていたとは知らずに、そっと手を下ろすのだった。



 体操着に着替えるために制服を脱ぎ、上半身裸になると、同じく着替えを始めた男子たちが京の体を見て目を丸くした。

「伊吹の体すっげぇ。めちゃくちゃ綺麗な体ってか、筋肉してんじゃねぇか」

 杉浦が思わず声を上げ、瞳を輝かせる。それに、京はぴしりと音を立てて固まった。

(…やべぇ、引かれたか?)

「触っていいか?」

 近づいてきて、キラキラとした目で聞いてくる杉浦に面食らいつつも、京はうなずく。

「やりぃ」

 なぜか宝物に触れるような手つきで自分の腹筋を触ってくる杉浦に、京は困惑する。こういう時、どうすればいいのだろうか。

「おーい、変態。伊吹固まってるぞ」

 鈴木がぺしりと音を立てて杉浦の頭を叩いた。先ほどとは立場が逆だ。

「あっ、悪い。俺、最近お前みたいな体目指してんだよ。羨ましくてつい」

 慌てて腹から手を離し、苦笑する。

「あ、あぁ…頑張れよ」

 とりあえず、応援しておくことにする。それに、杉浦は力強くうなずいた。

「おう。にしても、よくそんな鍛えたなぁ。何やったらそうなるんだ?」

「けん…」

 喧嘩、と答えそうになって、口をつぐむ。

(俺はバカか…?自爆するやつがあるか)

 内心で自分を叱って、彼は咳払いをしてから言い直す。

「普通に、腹筋を30回と…懸垂を20回」

「懸垂かぁ。それはやってなかったな」

 当然、京の見事な体、基筋肉は少し前まで繰り広げられていた日々の喧嘩の賜物なので、筋肉トレーニングなどしたことはない。一般的に知られている方法をただ口にしただけである。

「服着てもいいか?」

「あ、もちろん。ドウゾ」

 何やら悶々と一人考えていた様子の杉浦許可をとって、京は無言で着替えを済ますのだった。


 

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