③
ホームルームが終わって、一時間目の授業までの休憩時間。京は数人のクラスメイトに囲まれていた。
こんなにも純粋な好意を持って囲まれたのはとても久々だったので、内心で大喜びしている京である。表情は仏頂面ではあるが。
「伊吹は兄弟とかいんの?」
先ほど鈴木に制裁を加えた杉浦が聞いてきたので、首を横に振った。
「一人っ子だ」
「っぽいな〜。ちなみに、俺は鬼のような姉と天使のように可愛い弟が二人いる。双子だ!」
杉浦の横からひょっこりと顔を出して、満面の笑みでスマホを突き出してきた。
スマホを見ると、確かに5、6歳程度の子供があどけない笑顔で写っていた。二卵性なのか、顔はあまり似ていない。
「でたよ、鈴木の弟自慢。確かに可愛いけど、天使は言い過ぎ」
呆れたように言う杉浦に、彼は極めて不服そうに眉間にシワを寄せる。
「ふん、お前なんぞに弟たちの可愛さがわかってたまるか!」
「はいはい」
慣れた様子で鈴木の睨みを受け流して、杉浦は胸ポケットの中をゴソゴソとあさる。
「伊吹、甘いもん好きか?」
その言葉に、彼は一瞬きらりと瞳を輝かせる。京は周囲には隠しているが、一人で女性ばかりの喫茶店や洋菓子店に入り浸るくらいには、甘党だ。
「…嫌いじゃねぇ」
ポツリと低い声でそう答えた伊吹に、杉浦が彼の胸ポケットの中に何かを放り込んだ。
「やるよ、それ。家《うち》、洋菓子店なんだ」
透明な袋に包まれていたのは、可愛らしい小ぶりなマドレーヌ。
「転校祝い?ってやつだな」
なぜかドヤ顔で、鈴木が言う。京は少しだけ口の端を上げて見せた。
「サンキュ」
「おう」
早速袋を開けてマドレーヌをつまみ、一口でパクリと頬張る。口の中に広がる程よい甘みとホロホロと砕けていくその食感に、彼は口元をそっと緩めた。
「…美味い」
その反応に、杉浦は満足そうに笑う。
「そうだろうそうだろう。そのマドレーヌ、うちの看板メニューなんだ。今度遊びに来いよ」
「行く」
「そんときは俺も行くからな!」
鈴木が胸を張っていうので、杉浦が肩を竦めた。
「お前は来んでいい。他の客の迷惑になる。うるさい」
「うっわ、せっかくの常連客に対するその言い草は商売店の息子としてどうかと思うぞ」
心底ドン引きした顔で言われたのだが、杉浦は特に気にした様子もなくスルーして、掛けられた時計に目をやる。
「そろそろ一時間目が始まるな。一緒に行こうぜ、伊吹」
「ああ」
完全にシカトをしてさっさと教室を出て行こうとする二人に、鈴木は肩を震わせて叫んだ。
「お前ら、最低だー!置いてくなよ〜!!」
京はなんとも新鮮なこの会話に、そっと口の端をあげたのだった。
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