第28話 希望を求めて3

 リズを獲物と認識したファングボアは地面を踏み鳴らして威嚇行動を行う。リザードマンの血液で真っ赤に染まった大口は肉をクチャクチャと咀嚼を続けていた。


「どうして……こんな酷いことを!!」


 立ち上がったリズはラルクローズを睨みつけて機構刀を抜いた。変異した人間と動物を戦わせる悪趣味なデスゲーム。そんな野蛮な行為は憲兵として、いや人間として断じて見過ごせなかった。

 体中を渦巻いていた恐れは、言いようのない怒りに変わる。心拍数の増加とともに全身にリズの全身に力が湧き上がった。


「どうして? はて、人は物事を為すのに常に理由が必要でしたかね。それより自分の心配をした方がいいですよ。お嬢さん」


 しびれを切らしたファングボアが飛び出す。堅い頭殻を纏った巨体が1秒もかからずに距離を詰めた。

 リズは士官学校で習った通り、ギリギリまで突進を引き付けて右足で地面を蹴って左方向へ直角に回避する。しかし空中に残った右足が僅かにファングボアの頭殻の端を掠める。


「痛っ!」


 回避自体は何とか成功したが、両足で地面を踏めないリズは片膝座りで着地した。

 突進に巻き込まれた右足首に鈍痛が襲う。折れてはいないが、鞭打ちにあったことで足を強く挫いた症状に見舞われている。


「クソっ……」


 間近に対峙したファングボアの全高はリズのヘソ上まである。発達した耐弾装甲によって横幅が増しているため、あの突進を何度も避けるのは厳しいだろう。

 後ろに回り込めれば勝機もあるが、一対一では望むべくもない。


 歯を食いしばったリズは突進終わりのファングボアに拳銃を向けた。狙うのは四肢を踏みかえて緩慢に方向転換する際の両眼だ。

 そこだけは対弾装甲には覆われておらず、急所となる脳にも直通している。実包の旧式銃がモンスターに致命傷を負わせられる唯一無二の部位といえる。


 旋回するファングボアの左眼が露わになった瞬間、両手で銃を構えたリズは引き金を引いた。

 リコイルショックが手首に伝わる中で懸命に狙いを絞りつつ、装弾された実包14発を撃ちきる気迫で夢中になって引き金を引き続けた。

 残弾がなくなりスライドオープンした拳銃越しにファングボアに注目する。左眼近辺には無数の弾痕が残っていた。しかし肝心の眼は怒りを湛えた赤色の虹彩でリズを捉えている。


――どうやら賭けに負けたらしい。


 憲兵は基本的に予備の弾薬は持ち歩かない。加えて国内での治安維持任務では火炎弾や雷流弾などのサブウェポンを携帯することは禁じられている。

 リズは過呼吸ぎみに口で呼吸しながら使えそうなモノはないかと腰のポーチを弄る。と、装備した覚えのない筒が手に当たった。


「これは……」


 リル川の川辺で拾った”最強レーザー砲”と銘打たれた筒だった。その底面部には安全装置と思しきスライド式スイッチがあり、天面部には就航側面部にドクロマークが刻まれた押しボタンが配置されている。 


「ダメもとで試してみようか」


 安全装置を解除したリズは射出口をファングボアに向けて押しボタンに力を込めてみた。


 その瞬間に手元から伸びた一条の光がピカッと閃光を放つ。まるでスタングレネードのように視界が真っ白になった。


「っ!?」


 あまりの眩しさに左手で両目を覆ったリズは指の隙間からファングボアの様子を探ろうとするが視界がぼやけてままならない。否応なく聴覚に頼って気配を探るが、タイルを踏みしめるドタドタという足音は聞こえなかった。


 遅れてドサッと硬い重量物が落下した物音が飛び込んでくる。

 

 霞む視界のなかでよく目を凝らすとファングボアは横向きになって倒れていた。驚きの光景に言葉を失ったリズは数秒間は同じ体勢で固まる。


「おっと、おっと、これはたまげましたねえ。なんでしょうねえ今の光は」


 同じく驚きを隠せないリズだが、ここが好機とばかりレーザー砲をラルクローズへ向けた。


「ラルクローズ、両手を上げてこちらへ出てきなさい。あなたをモンスター不正所有の罪で拘束します!」


 さもレーザー砲を持っているのが当然のように振る舞う。

 レーザーが二発目も本当に機能するかは定かではないが、虚勢を張って脅すことが出来れば何でもいい。とにかく眼前の狂人を捕まえることが先決だ。


「や、やめてくれ、それだけは……それだけは」


「いいから早く両手を上げなさい!!」


「はあ、命乞いなんて言うと思ったかね、お嬢さん?」


 両手をあげたラルクローズは芝居めいた言動で手を下して肩を竦める。


「早くしなさい。撃ちますよ!」


「いいとも、撃ってごらんなさい」 


 少しだけ躊躇したリズの脳裏にライメンツの”十分に緊急事態だ”という言葉がよぎった。憲兵は緊急事態時ならば武器使用による犯罪者の無力化は罪に問われない。たとえそれが殺害であったとしても。


 怒りに促されたリズは意を決してレーザー砲のボタンを押した。


 しかし射出されたのは赤色の微弱なレーザー光のみだった。


「おやおや一発しか出せない隠し玉だったのですね。それは高く売れそうだ。私も欲しくなってしまうな」


 ラルクローズの戯言に耳を貸すリズは手元から発されたレーザー光に注意を傾けていた。なぜかラルクローズに当たったレーザーが背後の壁まで透過している。


 その事実とラルクローズの強気な態度からリズは一つの推論を導き出した。


「もしかして――あなたはただの映像……なの?」


「おっと、おっと、たまげました。よく気づきましたね。これまで訪ねてきた憲兵は誰一人として、目の前で会話している老人がホログラムだなんて気づきませんでしたよ。いやはや貴女は実に見込みのある憲兵さんだ。オマケに若くて需要もありそうだ。ぐふふふ」


 下卑た笑いを浮かべるラルクローズ。リズは彼に侮蔑の眼差しを向ける。

 

それにしても全身を映し出すホログラムは明らかに大型機材が必要になる。恐らくは機械運用法も破っているに違いない。


「そういえば言い忘れていました。これで依頼達成ですよね。さっさと私の望みである500万サイカを出しなさい」


「ほう――貴女は金が望みなのか。そうかそうか。ふむ、素直なところは好きだが、こちとらキミのせいで1000万サイカほど損失を出しておってな、残念ながら無理だな。だが私の依頼を達成してくれたなら支払うと約束しよう」


「そんなの私が信じると思う?」


「信じるさ。きっと信じる。それ以外にキミが生きてココを出る方法がないからね」


 ラルクローズは手元にあった別のリモコンを掴んでいくつか操作する。


 壁として機能していた曇りガラスが一瞬で透明に変化した。露わになった壁の奥には無数の鉄檻が二段に積み上げられていた。


「キミのIDが今から1分以内に機械に翳されなければ、このクレーンアームは順番にモンスターたちを解放してしまうだろう。そうなればキミは物言わぬ肉塊へ早変わりだ。ワタシとしては、それも魂を揺さぶられる素晴らしい光景だ。ぜひとも見てみたいが、まあキミの判断に任せるとしようか」


「なに……この数は」


 檻の総数はゆうに20を超えている。そのほぼ全てにウルフよりも強力な小型から中型のモンスターが捕らえられていた。

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