第27話 希望を求めて2
二本のクレーンアームが機械音を響かせて動き出し、曇りガラスの外から鋼鉄の檻を一つずつ持ち上げる。
左檻にはリザードマン、右檻にはファングボアが入っていた。
殺気立った二体は互いに対して檻を激しく揺さぶって威嚇を行っている。
「なに……これ」
クレーンにより広場の中央に連結する形で設置された二つの檻のなか、興奮した二匹はいがみ合うように檻の鉄格子を叩いている。
その数秒後に切り離された二つの檻がタイル張りの広間中央に設置される。向かい合った二つの柵の上部を掴み取ったクレーンアームが上昇し、ゆっくりと二つの檻が連結した。
柵の上昇で出来たわずかな隙間を潜ってファングボアがリザードマンの太腿へと突進する。岩石のように発達した頭殻を勢いよく受けたリザードマンは吹き飛ばされて背中をぶつけた。
目に見えて歪んだ鉄格子がその威力を物語っている。
大鎌のように異様に発達した牙で追撃しようと上体を逸らしたファングボア。しかしリザードマンは右足でファングボアの左前足を蹴り飛ばして追い打ちを阻止するや、体勢を立て直して傍らに落ちていた丸太のようなこん棒を掴んで振り下ろす。
――ボゴッッ
頭殻にクリーンヒットしたこん棒は耳を背けたくなるような音を響かせて折れた。盛り上がったこん棒の先端部が檻の天井に衝突して床へと落ちる。ファングボアは蹲る様子もない。雌雄を決したかにみえたリザードマンの攻撃は迫力があるだけで殆ど効いていなかった。
武器を失ったリザードマンは再びタックルを仕掛けたファングボアに為す術なく押し倒される。
数百キロはあろうか、そんな巨体に両足を抑えられてマウントポジションに陥る。左手でファングボアの頭を殴るリザードマンだが、力の入りにくい体勢では相手を引き離すには至らない。
抵抗を続けていたリザードマンの腹部、対弾装甲の薄い部位を狙って巨大な牙が振り下ろされる。
「うああぁぁ!!」
無残に腹部に吸い込まれた牙が生命を掠め取った。
激痛のあまりバタバタと手足を動かしたリザードマンはひどく人間味を帯びた悲鳴をあげる。それを意も介さぬファングボアは、傷口をこねくり回してむしゃむしゃと顎を動かし続ける。
貫いた牙が何度も振り下ろされてグチャグチャと肉が擦れる気味の悪い音が広間に響く。
すでに動かなくなったリザードマンの傷口からはドロドロとした表体液と鮮血が混じった赤い飛沫が散っていた。
赤い液体で塗れる鉄檻を目の当たりにしたリズはその場で尻もちをついて崩れ落ちた。
「うそ……もしかして……リザードマンって……」
リズの背筋に悪寒が走った。
士官学校ではリル川中流域に生息する厄介なモンスターとして教本に載っていた。約2Mの全長でこん棒やシールドを器用に扱うリザードマンは確かに全身を鱗に覆われていた記憶がある。説明文にもトカゲが滅生物質に晒されて異常な進化を遂げた姿だと、そう解説されていた。
しかし眼前に横たわるリザードマンは、ファングボアとの戦闘よって対弾装甲が剥がれたその右腕は――褐色の肌を帯びてはいるが明らかに人間の腕ではないか。
「はあぁぁ、見ていて惚れ惚れするな。命が散る様はいつだってわたしに鳥肌と天啓を授けてくれる。
ああ、もっと趣向を凝らせればどうか、こんな取り合わせはどうか、その沸き立つような探求心はいつまでも尽きない。ご覧になっていた皆様、この一瞬の余興は如何でしたか?」
設置された檻を隔てて大仰に両手を広げてラルクローズが演説する。まるで聴衆に語りかけるような口調だった。
「ふざけないで……」
「おや、ゲストのお嬢さんは何かおっしゃいましたかね?」
「ふざけないで!! どうしてこんな……酷いマネをするの!!」
怒りを滾らせたリズは鉄格子越しにラルクローズを睨みつける。
「おやおや、酷いマネというのは今の素晴らしい戦いのことですか。モンスター同士を戦わせることなどただの娯楽。何が酷いというのかね」
「だって……そのリザードマンって」
泣きそうな声色で言葉を絞り出したリズを見たラルクローズは満足そうな笑みを浮かべる。
「リザードマン、実に業が深い名前ですねえ。
ええ、そうですとも。リザードマンは深変異患者の成れの果てですよ。彼らは病院から脱走した深変異患者。自我を失ってモンスターへと堕ちた悲劇の人間たちです。わたしはビジネスの一環として彼らが脱走するのを手伝ってあげる慈善事業も行っているのですよ。ほっほっほ、慈悲深いでしょう。皆様もそう思いませんか?」
胸に左手を当てて虚空へ視線を向けたラルクローズは自分に酔ったように身体をくねらせる。その右手にはモニター付きの機械端末が握られていた。
「なぜあなたの手を借りて脱走なんて……メディカルセンターで完治するまで療養すれば――」
「療養すれば治る。憲兵の方々はそんな洗脳教育を真に受けているのだから微笑ましいですね」
「えっ……」
「もちろん変異部位は手術で除去可能だ。だが遺伝子変異により外観の形質変化が起きるような状態で、内部の脳がなんの異常もきたさない訳が無かろう。徐々に脳にも変質が起きて人格が変化し、最後には人語を解することも出来なくなる。そうなった患者はどうなるか、想像に容易いだろう?」
「殺されるって……こと?」
「人権のない、社会から抹殺されたただの実験体に成り下がる。そのための完全隔離さ。
隔離後は状態に関わらず秘密裏に扱われる。変異を止める新薬の実験台にされればいい方だ。大抵は薬液研究の実験台にされる。ちょうど最近ニュースになったヒュージゴブリンみたいにな」
リズに真っすぐに視線を送りつつ右手を掲げたラルクローズは邪悪な笑みを浮かべた。
「コホン、長話が過ぎました。皆様もお待ちかねでしょう。さあ二回戦の開幕です!」
ヤツが握っていた機械端末をタッチしたかと思うと、檻の頭上でクレーンアームが緩慢に左に動き、保持していた檻の鉄柵を放棄する。地面に落下した鉄格子が不快な甲高い金属音を響かせるや、クレーンは檻の外へと繋がる柵を引き上げ始めた。
金属音で気が立ったファングボアは引きあがった柵を潜って檻から出てくる。座りこんでいたリズは狐に摘ままれたような表情で両目を見開いた。
「え……嘘、いや……こないでっ!!」
「さあさあ皆様、注目の本日のメインショーの始まりです!!」
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