第25話 参考人を追って

 広めにとった庭の中には乾燥に強い植物が育てられており、策越しに子どもが走り回れる芝生が確認できる。破壊された残骸を再建したと思しき平屋は白く塗装が施されており、ヒビ一つ見当たらない綺麗さだ。


「ここが洋服店ウェルクロスです。富裕区の方々も危険を冒して買いにきてくれるので、界隈ではちょっとした有名店ですね」


「おお、噂には聞いていたが凄い。店内にも洋服が綺麗に並べられていて、貧民区にあるとは信じられない風貌ですね」


 ライメンツは顎元に右手を添えて感銘を受けたとばかり唸る。


 庭先の玄関までリズ達を案内したカインは合流したアリヒトを呼びつけ、軽く小声で話をして野菜の入った紙箱を店内に持っていかせる。付き添っていた2人の子どもたちもカインから指示を受けて店内に入っていった。


 広めの庭では孤児院の子と思しき3人がボールを蹴りあって遊んでいる。


「せっかくなので当店としての庭回りの拘りもお話しましょう」


 と、カインはライメンツに対して庭の緑化や孤児院の子ども達について話を弾ませ始めた。元より興味がなかったリズは通り過ぎたギルドの方をじっと眺める。


 ふと視界の片隅で何かが動いた気がしてウェルクロスの屋根あたりに視線をやると、空中に黒い亀裂が走っているように見えた。

 ぎゅっと目を瞑って人差し指で擦ってから、もう一度見ると亀裂は影も形もない。幻覚のようだ。


「ついに私の身体も壊れた?」


 リズは背中回りからひどい悪寒が広がるのを感じた。


 母の病に重なるタイミングで自分まで医療が必要になれば一巻の終わりだ。

 そうなれば治療費が払えないまま2人とも助からず、父から継いだコルベット家の名は音もなく潰える。


 変異や事件に踏みにじられる父のような人を二度と生まないために憲兵を志した。悪党を懲らしめて貧困に堕ちる人がいなくなる願いのために努力を続けてきた。

――だけど憲兵は、変異によって本当に貧しい生活を強いられる人たちから忌み嫌われている。



 自分が成りたかった憲兵像はどんどん遠くなって。ただ任務という名の命令をこなす心の通わない木偶人形に成り下がった心地だ。

 リズはやるせない気持ちを吐露すれば失望されるだろうかと考える。私財を投げてまで隊員を守ろうとする優しいあの人に――


「――長話もなんですし店内もご案内しますね」


 長話を終えたカインとライメンツが木製のドアを潜る。その背中を追ってリズも小走りに入店すると、意匠に凝った洋服の数々が出迎えた。


 チュニックやワンピースなど女性物が入口側に配置されており、左壁際には靴、右側の応接スペースに近い一角には男性物がある。


 近くに展示されていた白いフリルのついたワンピースに触れてみる。貴重な厚手生地を惜しまず使っていて縫製も綺麗になされていた。商業区で安価衣料のセール品を狙って買っているリズでも良い品であると分かるほどの代物だ。

 て糸で結び付けられた手書きの値札をみたリズは目を見開いた。 


「うっ、高い……」


 恥ずかしいので小声で嘆いておく。


 値札には20000サイカとあった。余裕のないリズには手が出ない。しかし商業区で同じ値段で売っている衣服と比べれば生地も厚く、縫製もしっかりしている。掘り出し物といっていいクオリティだった。


「ほう、貧民区とは別世界だな」


 店内は木目調の化粧板で彩られておりオシャレな内装の別世界だった。とくにガラス張りの応接スペースは日差しが差し込んで幻想的な雰囲気を醸し出している。


「そちらのソファにお掛け下さい」


 促されるまま黄色いソファに腰かけたリズは木目の美しいテーブル越しにカインと対面する。薄く流れるお洒落なBGMも相まって高級洋服店に来たような緊張感を覚えた。


 ほどなくして女の子が人数分のティーカップを持ってやってくる。先ほど庭でボールを蹴っていた子どもの1人だ。


「突然押しかけて申し訳ない。端的にいえば我々が来た理由は人探しです。この人物を知りませんか?」


 ライメンツは早速とばかりヒュージゴブリンと対峙する女学生が写った写真をテーブルに置く。藍色のサイドポニーテールを揺らして機構刀を見舞う姿。これはネットに拡散された写真を現像したものだ。


「これはニュースになってた子ですね」


「ええ、ミリアス学院でのモンスター脱走事件の一幕です。この少女がヒュージゴブリンを単騎で討伐したとの情報が入っており、事件の詳細を聴取するために行方を探しています」


「あ、お姉ちゃんだ。サッカーが上手い姉ちゃん!」


 写真を一瞥して言い放った少女は黒いトレーをテーブル上に置き、席に座る3人にティーカップを配る。


 10歳前半といった幼めの面持ちでサイドポニーテールに紫色の髪を括っており、身長は150cmくらいだ。WLCというブランドロゴのついた青色ジャケットを羽織って黒いスカートを履いた出で立ちは若いながら一般区の服飾店員並のセンスだ。


「こらユイナ、憲兵さんのお話の腰を折るんじゃない」


「はーい、ごめんなさい」


 悪びれる様子もなくトレーを抱えてぺこりとお辞儀したユイナ。彼女が踵を返そうとした折、「ちょっと待ってくれないか?」とライメンツが彼女を止めて手元の写真を掲げる。


「このお姉ちゃんをいつにどこで見たのか教えてくれないかな」


「えーと、そのお姉ちゃんはお店に来てたよ。あたしたちにスゴい技をみせてくれたの」


「技?」


「うん、庭でサッカーで勝負したの。遊んでた3人の誰かがお姉ちゃんからボールを取ったら勝ちって勝負。でも両脚に吸いつくみたいにボールが動いてて取れなかった。3人で協力して奪いにいって、勝ったと思ってもボールが取れないっていうのかなー。不思議なかんじぃ」


 ユイナは口元に人差し指を当てて、訳が分からないとばかり首を傾けた。


「そうか。ちなみにそれはいつのことかな?」


「えーと、一月くらい前? かなあ。あ、あと変なロボットみたいなのを持ってたよ。こう、なんつーか、サッカーボールよりちょっと小さい、丸っこい……」


 ぐぬぬ、と虚空に視線を泳がせたユイナは、記憶を捻りだすように人差し指をグルグルと回して空中に円を描く。


「ほう、丸っこい機械か――分かった、ありがとう」


「はーい。ごゆっくりどうぞ」


 ユイナはお盆を抱えて再びお辞儀をする。そして席から離れるとレジ横の扉から店の居室と思しき場所に帰っていった。


 ぼーっと二人の会話を聞いていたリズの隣では、右手を顎元に押し当てたライメンツが俯いてなにやら熟考する。

 会話が途切れた一幕。いくらBGMがあるとはいっても気まずいことに変わりはなく、リズは空気を読む義務感に背を推されて口を開く。


「よく出来た接客をする子ですね。彼女も孤児院の子ですか?」


「ええ、陽気で適当な面がありますが、献身的に下の子の世話をしてくれてます」


「ちなみに一か月前に彼女が会ったという写真の少女には、カイン殿も接触されましたか?」とライメンツは顔を上げて質問する。


 博識で思いやりを持った上官だが、物思いに耽ると一人の世界に入り浸ってしまう小難しい面が分かってきた今日この頃だ。


「いえ、その少女は会ったことがないですね。残念ながら私ではお力になれそうにありません。他の子供たちに聞いてみては如何でしょうか」


 ふむ、とまた熟考を始めるかと思いきや、ライメンツは納得したように一つ頷いてみせる。


「いや、一度出直して情報を整理します。少し調べてみたいことが出来ましたので。それに長居は営業妨害ですしね」


 ちらりと窓から伺った通りの人間たちは警戒するようにリズたちへ視線を投げていた。


 区民の平和を維持する立場の憲兵が、貧民区では区民に厄介事を運ぶ邪魔者でしかない。なんと笑えない皮肉だろうか。

 出されたお茶に一度も口をつけず席を立ちあがったライメンツはすぐに店を出ようと早足で歩いていく。


 対して、ソファーから立ち上がって数歩だけ歩いたリズは波打つ心臓の鼓動を感じながら歩みを止めた。


「あ、あのライメンツ少佐」


 勇気を振り絞った声は少し上ずって恥ずかしい。


「どうした少尉?」


 立ち止まったカインとライメンツが貫くような視線を向ける。緊張に負けじと両拳を握りしめたリズはおなかに力を入れて言い放つ。


「わたし、ちょっと服を見ていきたいです!」

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