第24話 身辺調査2

「その手を放しなさい!」


「あぁ!?」


 不機嫌そうに振り返った巨漢は歪めていた右頬を弛緩させる。


「アルフロイラ憲兵です! その不埒な行いをやめなさい」


 リズは制定の旧式拳銃を両手で構える。士官学校で習ったとおり右目であわせた照準を巨漢の筋肉質なへそ回りに定めた。

 睨みつけるリズの形相と一瞬だけ対峙した巨漢は胸倉を掴んでいた少年を空中から落とし、両手を挙げてへらへらと笑ってみせる。


「不埒な行為などしてないデスケドネエ。見間違いじゃあナイデスカ」


 二度目の尻もちをついた少年は呆然と巨漢へ視線を向けたまま動かない。


「ふざけるな。いま少年から金を奪おうとしていただろ!」


「いやー憲兵さんの見間違いじゃないですかね。オレは高いたかいして遊んで――イっ」


「ふざけんなクソゴリラ! 金返せ!!」


 少年は手元の砂利を掴み取ってぶつける。それらは巨漢の両眼にクリーンヒットして視界を奪った。


「いってぇ……クソが。一回出直すぞ」


 身体をくねらせて拳を握りしめた巨漢は涙目で少年を睨みつける。しかしリズを一瞥して怒りを吐き捨てるように唾を吐いた。


「チッ、戻んぞ」


 巨漢は目を押さえながら背を向けて来た道をふらふらと引き返す。


「は、はいアニキ!」


 舎弟は持っていた金をその場に投げ捨てると、かの巨漢を小走りに追いかけた。


 残された少年は数秒間、逃走する彼らの背中を見続けていた。そこに拳銃を納めたリズが駆けつける。


「キミ、大丈夫!?」


 中腰になって少年の肩に軽く触れたリズの手は予想に反して振り落とされた。


 動揺して一歩分距離を取った少年は舎弟の男が落とした報酬袋を掴み取る。そして袋を奪われることを警戒して抱えこみ、睨みを効かせた視線をリズに向ける。


「だ、大丈夫に決まってんだろ。よけいなおせわだ。なんで憲兵がこんなとこにいるんだよ!?」


「キミさ、助けて貰ったのにすこしは感謝とか言えないの?」


「ふだん俺らに手を差し伸べないお前らなんて大嫌いだ」


「……どういうこと?」


 狼狽したリズの隙をみてムクっと立ち上がった男の子は、疑問を呈するリズにビシッと指を立てる。


「しらばっくれるな。お前らがちゃんと16-20番区も手を差し伸べていれば、みんな貧しさに苦しまず済んだんだ。孤児院の子どももライダスに送られずに済んだ。ぜんぶお前らのせいだ」


「…………」


 押し黙ったリズ。助け船を出そうと近寄ったライメンツはため息をついた。


「少尉、あまり真に受けるな。俺たちは遺伝子変異や治安維持を公務とする人間だ。政治に口を出せる立場でも、全員を救えるヒーローでもない。今は目の前の仕事を確実にこなすだけだ。ひとまずウェルクロスに急ぐぞ」


「……了解しました」


「ちょっと待て、てめえら。ウェルクロスになにしにきやがった」


「すまんな少年。守秘義務は守らねばならん」


「また大切なモノを奪いにくんのかよ。んなこと、絶対にさせねえ!」


 右手で腰元の短剣を逆手に抜いた少年が一歩踏み込んだ折、


「おい、なにやってる!」


 リズ達の背後から男性の声が響いた。

 それは後方のギルドから出てきた角刈りの男性だった。彼は野菜を詰めた紙箱を抱えており、小さめの子を2人連れて小走りにやってくる。

 少年は表情を強ばらせながら微動だにせず彼へ視線を向ける。


「カイン兄ちゃん、これはその」


「そんな物騒な得物を抜いて憲兵相手に何やってる。いかなる理由があっても対人で先に得物を抜くなと教えたよな」


 強い語気に気圧された男の子は押し黙り、すぐに刃をおさめた。


「憲兵殿、どのような事情かは分かりかねますが、うちのガキがご迷惑をおかけして本当に申し訳ありませんでした。どうか寛大な処置をお願いできませんでしょうか」


 カインと呼ばれた男性は足元に紙箱を置くと、頭の角度が直角に届くほどに深々と最敬礼した。両隣にいた男の子と女の子もマネをしてお辞儀する。

 当の少年は得物を握りしめて俯いたままだ。


「頭をあげてください。貴殿はウェルクロスという店の関係者とお見受けしていいですか?」


「え、ええ。私が店長を勤めていますカインと申します。この子たちは店として支援している孤児院の子どもたちです」


「その件は私の発言の不備が原因なので問題ありません。それより我々は貴殿のお店に用がある。案内していただけませんか?」


 少し一瞬だけ顔色を曇らせたカインは、それを隠すように間髪を入れず受け応える。


「承知しました。しかし何用でしょうか」


「身構えずとも大丈夫です。最近にお店にいらっしゃったお客さんについて少しお話を聞きたいだけです」  


「分かりました。ウェルクロスは徒歩5分なので店内でお話しましょう。こちらへどうぞ」


 リズとライメンツは紙箱を持ち上げたカインに従って、ギルドのある通りの舗装路を進みだす。


「ほらアリヒト、お前も早く来い。店の手伝いだ」


 呆然と佇んでいた男の子はコクリと頷いて得物を鞘に収める。そして明らかに肩を落とした様子で一定の間隔を保ってついてきた。


 当事者であるリズも口を噤んでカインの背を追って歩きつづける。


「カイン殿、ウェルクロスという店は洋服を扱っており、一般区からの来客も絶えない人気店だと聞いています。商売を考えると一般区に店を持つ方がよいと考えます。これは個人的な興味なのですが、なぜこの立地にしたのでしょう」


「それは貧民区の子ども達の面倒をみるためですね。店のオーナーは貧民区の子どもたちが大好きで、世話焼きなんですよ」


「なるほど。子どもを大切にする気持ちからですか。そういう慈善的な生き方も素晴らしい選択肢の一つですね」


 慈善的な生き方は金と心に余裕のある者しかできない。力ない者は軍やギルド依頼を頼ってその日暮らしの生活を送り、いざという時に自分の面倒も満足にみれない。

――リズは歪な思考を頭に巡らせながら視線を落として歩く。

 

 ひび割れた舗装路がカーキ色の正方形タイルを敷き詰めた意匠の凝った柄に変化した。何事かと顔をあげると、白壁に動物の絵を施したオシャレな塀が建っていた。

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