第23話 身辺調査
アルフロイラ18区通り。
100年ほど前は下町情緒溢れて活気がある場所であったというが、大災厄で破壊されてからは整備もされず荒れ果てている。俗に貧民街と呼ばれるのは大災厄によって親などの身辺保護者を失った子どもたちが家屋の廃墟に住み着き始めたからだ。
「ライメンツ少佐、お待たせしました」
小走りでやってきたリズは両足を揃えて敬礼する。
「ああ、突然呼び出してすまない。それにしてもこの短時間でよくここまで来れたな」
「え、ええ。たまたま商業区での治安維持任務で近くにいましたので」
ライメンツからの呼び出しはつい30分前。首尾よく任務という大義名分を得たリズはパトロールと称して軽く買い物もしていた。
「例の少女をこの18区でみたという情報が数時間前に入ってきてな、急遽調査にあたることになった。情報によると数キロ先にあるウェルクロスという店に入っていったらしい。行くぞ」
「承知しました」
ぎこちない距離感を保ちながら並行して歩を進める。
リズが少佐と行動するのは先日の初任務から数えて2回目だ。若い新任少佐という触れ込みから想像していたのは軍で結果を出してのし上ったエリート。鬼のように厳しく部下を使い捨てるような人間だと思っていた。
しかし、このライメンツという人物は私財を投げてまで部下を大切にしている。戦果を第一とする軍人の思考からは逸脱しているようにみえた。
そんな思考を巡らせながらライメンツと並行して歩くリズは、初めて目にする大壁に視線を奪われた。
「大壁をみるのは初めてか?」
「はい、初めてです。士官学校で食料系のプラントはとても厳重に防衛がなされていると学びましたが、この大壁を実物でみると迫力があります」
「アルフロイラ全国民の食糧庫だから厳重に管理されているようだ。隣に貧民区が形成されて壁に落書きされたからフェンスも取り付けたらしい」
一般人が立ち入らない18区に憲兵服を来た人間が歩いているのも珍しい。それを物語るようにスラムの人間たちは廃墟から固唾を呑んで二人へ視線を送っている。
「みられてますね……」
「スラムに憲兵が来るのは強制立ち退きか深変異患者の捜査くらいだ。そりゃ疎まれるだろうさ」
リズの憲兵服背面のマントに何かがぶつかった。足元に目を向けると親指大の石がぽつりと落ちる。
「石を投げられたか」
ライメンツがふと廃墟の一角を睨みつける。肥満気味の女性が顔を引っ込めるのを見て、隣にいた2人の子も隠れた。
「これは良くないな」
ライメンツは腰に装備していたハンドガンを抜いて銃口を廃墟に向ける。
「ライメンツ少佐、緊急時以外に一般人に銃口を向けるのは軍規違反です!」
「少尉、つべこべ言わず走れ。すでにれっきとした緊急時だ」
銃口をスラムの子供に次々に向けつつ、もたつくリズを先導するように手を引いて走る。その行動と同時に隠れていた子どもたちが一斉に石の投擲を始める。
「いたぃっ、もうなんなの!!」
雨あられの投石でリズは理不尽な苛立ちを露わにする。苦々しい顔で頭を抱えて足を動かし続けた。
夢中で5分程小走りに進むと投石が止んでいた。
ふと気づくと右手に廃墟が立ち並んでいた景色はガラリと雰囲気を変え、風雨を十分に凌げるまともな建物がちらほらと現れている。
視界に入る人間もボロボロの衣服を纏っていたスラムとはうって変わって、鎧や足甲などの防具を身に着けた若者が散見された。
銃を収めたライメンツは一息ついたとばかり歩みを鈍化させる。
「ふぅ、ここまで来ればいいか。やはり近道とはいえ18区でも危険な地帯を通るのは悪手だったな。すまない次回から気を付ける」
「えっと、ここは」
眼前には中世を思わせるレンガの建物が佇んでいた。鉄筋を利用した近代建築に対してひび割れが入った外装はあまりに心許ない。
「士官学校で習わなかったか、ここはアルフロイラの政府公認ギルド配置場所だ。大災厄によって縮小してしまった軍組織の仕事を補うために民間の依頼を民間が請け負う」
「ここが……ギルド」
「政府は助け合いの精神と宣っているが、住所確認もされないギルドの依頼は軍に入れない貧民街の子供が食い繋ぐための機構に成り下がっている。現にここに集まっているのは若い子供たちが殆どだ」
足元の不毛な砂利道は、老朽化が激しいながら申し訳程度の舗装路に転じていた。公共工事は国の仕事であるため、先程のスラムと違って少しは国の目も行き届いていた場所ということだ。
「あんな小さな子まで」
入口のスイングドアを両手で押し開けたのは後ろ髪をポニーテールに括りあげた子どもだった。両方のこめかみを刈り上げているワイルドな髪型なため、辛うじて男の子だと分かるが、髪を下ろされると区別が付かないかもしれない。
男の子は右手に報酬袋を握りしめて口笛を吹きながら出てくる。一歩、二歩と機嫌よく踏みしめるステップをみるによほど嬉しかったとみえる。
リズ達とは別方向に舗装された大通りを行く彼は夢見心地で前方をよく見ていない。すると運悪く差し掛かった路地から酒瓶を握った巨漢が2人現れた。
加速したステップは止まることを知らず、頭突きをする形で巨漢に突っ込んだ男の子はバネのように弾き返されて尻もちを付いた。
「いってぇ……」
「なんだテメエ。ふざけてんのか。ん?」
薄い布を一枚羽織っているだけで上半身剥き出しの巨漢は、男の子が落とした報酬袋をそそくさと拾い上げる。
「アニキ、酒代くらいにはなりますぜ」
「おいガキ、この金で許してやる。寛大なオレサマに感謝にするんだな」
報酬袋を左右に揺らした巨漢は舎弟と思しき細身の男と口角をあげて笑いあう。
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