第22話 ドラゴンとの戦い

「作戦中止だ。総員退避! 装甲車にて榴弾砲を展開せよ!!」


 パニックに陥った隊員たちが我先にと装甲車へ向かう。

 そんな中で二等兵は枯れ蔦に足を取られて転倒した。吹き荒れる凄まじい風圧に晒された彼が後ろを振り返ると、死肉を湛えた巨大な後脚が迫っていた。


 腰が抜けて走れなくなった二等兵は地面を這って後ずさる。しかし、それでドラゴンから逃げ切れるわけもない。


 硬質の爪が彼を抉ろうという瞬間、鳴り響いた轟音とともに爆発したドラゴンは後方数メートルへと吹き飛ばされた。


「隊長たちも早くこっちへ!!」


 番を勤めていた老兵が装甲車天井に張り出した榴弾砲の操作盤を弄っていた。頼りがいのある大声が爆風にかき消されるなか、薄目をあけたリズは舞い上がる爆煙に視線を凝らす。


「やった?」


「いや……」


 ライメンツが否定するや粘着榴弾による爆発煙が川風で流れる。

 前かがみに地面を踏みしめた四肢を黒土にめり込ませたドラゴンは低い唸り声をあげて怒りを露わにした。榴弾が命中したはずの胴体左部は対弾装甲の欠損のみで、ダメージが通っている様子が微塵もない。


 ドラゴンは人間4人分の体躯を持つ大木に似た太い四足に長い胴体を持っている。極端に短い首先には楔型の歯を剥き出しにした口。過去に取った獲物の肉を今なお咀嚼している。

 細い紫の瞳や腹部以外は全てが発達した岩のようなどす黒く汚れた対弾装甲に覆われており、あたりには腐臭が漂っていた。


 狭い川辺を圧迫感と恐怖が支配するなか、戦慄した二等兵はドラゴンの目と鼻の先20メートル程度の場所でもがいている。


 また助けられない。……また変異のせいで尊い命が奪われる――――


 奥歯を噛み締めたリズは震えた手を軍機構刀に添えて鯉口を切った。

 機構刀では過激に変異が進んだ大型モンスターには太刀打ちできない。そんなことは士官学校で嫌というほど習った。

 だけど自分の目の前で人が変異に翻弄されるのはもうたくさんだ。


 覚悟を決めて力を入れた機構刀は少しも抜けなかった。


「やめろ。今は全員で脱出することを考えろ」


 機構刀の塚頭を押さえて制したライメンツは携帯端末の回線を開いて叫ぶ。


「スタングレネードでヤツの視界を潰す。装甲車を二等兵の元へ回せ。全員を回収したらすぐに車を出すんだ!」


 携行していたスタングレネードを取り出して投てき体勢に入ったライメンツの傍ら、リズは耳栓を両耳に押し入れて軍機構刀をその場に放棄する。


「ライメンツ少佐……ありがとうございます」


 コクリと頷いたライメンツが右腕を振りかざして”突撃”合図を送るや、リズは地を這うツタに気を付けつつ全速力で二等兵へと駆け寄った。


「目と耳を閉じて!!!」


 目と耳を塞いだリズに言われて二等兵は両手で顔を覆った。


 その瞬間に爆音と閃光が周囲を一瞬で白く染め上げる。


 眼がくらんで地団太を踏むように暴れるドラゴンは折り畳んだ翼を左右に揺らして、がむしゃらに地面を這って前進してきた。


 炸裂後に目を見開いたリズは二等兵の太腿に右手を差し入れてお姫様抱っこし、後進してきた装甲車の背部ハッチへ投げるように押し入れる。


「出せ!」


 ライメンツがリズの身体を車内へ引き入れたと同時、装甲車は6WDのエンジンが地面を踏みしめて急発進する。秒速10メートルほどで詰まっていた距離が一気に遠のき、ドラゴンの姿は数秒で生い茂る木々の陰に隠れた。


 車内では皆が固唾を呑んで車外モニタや覗き窓から周囲を伺っていた。


「こちら第4汚染調査隊のライメンツ少佐、応答願う」


「第4汚染調査隊、どうぞ」


「汚染調査任務中にブラッドドラゴンと思しき大型モンスターに襲われ、採水器を失った。アルフロイラで体勢を立て直し、後日に再出撃する許可を要請したい」


「了解。注意して帰投せよ」


 数分が過ぎてもモンスターの気配はない。帰投許可がおりたことで装甲車は王都への帰路へと目的地設定を変更する。


「よっしゃあ生きてる!」


「全員無事じゃな。奇跡じゃ。これも少佐殿の英断のおかげか」


 下士官たちは喜びを噛み締めて言葉を紡いだ。大型モンスターに遭遇した運の悪い小隊は多くの場合、犠牲を出して指揮官が生き延びる。ライメンツのように二等兵を率先して助けに向かうことはしないのが常道だ。


 歓喜に沸く車内でリズだけは俯いて手のひらを眺めていた。視界の片隅に黒光りする棒が映った。


 顔をあげるとライメンツがリズの軍機構刀を差し出していた。


「先ほどはよくやってくれた。貴君のお陰誰も死なせずに済んだ。ありがとう」


「お褒め頂きありがとうございます……ライメンツ少佐」


「浮かない顔だ。機械さえ放棄せざるを得なくなったが全員無事で万々歳。貴君の功績なのだから誇っていいと思うが」


 軍機構刀を受け取ったリズは俯いたまま首を横にふった。


「大型モンスターと対峙して、私はあまりに無力でした」


「何を言うかと思えば。生身の人間が大型を相手に出来るわけないだろう」


「でも先日、ミリアス学院で女生徒がヒュージゴブリンを倒した配信をみました。単騎でも大型モンスターの排除は可能です」


 リズが両膝で押さえていた軍機構刀を抱えるように強く握りしめた。ライメンツは一つ大きく息を吸うと右手で眼鏡を押し上げながら吐き出す。


「あの映像か……私も見たが信じがたい。不意打ちとはいえ機構刀で対弾装甲に傷をつけ、わずかに開いた傷口に機構短剣を突き立てるなど人間技ではない。きっとフェイク映像だろうと上層部さえも睨んでいるぞ」


「軍の上層部がですか。なら、もしかして……」


「ああ、学院内のモンスター騒ぎの一件でもあってな、映像に出ていた少女の身辺調査依頼が来ている。もちろん貴君も同行することになるが」


 パッと明るくなったリズの表情。あどけなさが残る彼女にライメンツは軽く微笑み返した。


「そうですか、願ってもない任務です!」

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