第21話 初戦闘
目的地で護送車が動きを止めた瞬間、背部ハッチを開けてリズと下士官5名が飛び出す。枯れたツタ植物を踏みしめた一同は眼前の光景に足を止めた。
「これは……地獄ってやつか」
「こんな光景みたことないっすよ」
35mの幅を誇るリル川の岸辺には大量の貝や魚などの死骸が転がっており、水が触れている岩々は薄いピンク色に染まっている。
「そのための調査だ。打合せ通りに展開しろ。警戒を怠るな!」
不安を押し殺すように指示を放ったリズは先頭をきって森林側へと走る。
川岸の砂利帯から少し離れると森林から伸びた枯れ蔦が地面に絡まっていた。軍機構刀を抜いて下段に構えつつ、硬質化した大木が立ち並ぶ森林へ歩幅を狭めて近づく。
「グル……」
重低音で喉を響かせる音が耳朶をうつ。草むらにウルフが潜んでいる証拠だ。幸か不幸か初配属からモンスターに出会うとは。
リズは腰元に固定した忌避剤は近距離にいるウルフの交感神経を刺激する。臨戦体勢になったウルフは必ず唸るため、忌避剤を装備している者はその存在を認識することが出来る。
忌避剤の丸薬を三つほど摘まむと、ウルフが潜むであろう場所に投げ入れた。
「グオォォ!」
腰ほど背丈のある枯草から匂いを嫌ったウルフが飛び出す。VRで観た通りの野太い牙を鎬のど真ん中で受けたリズは慣性に負けて2歩後ずさった。
「お願い!」
「おりゃあああ!!」
バディを組んだ一等兵がリズに後続してスイッチ。袈裟懸けに切り掛かる。対するウルフも強靭な大顎を開けて機構刀へと噛みついた。
大の男が全重をかけて振った一撃は金属質の衝撃音を纏って牙ごとウルフの肉を切り裂く。血飛沫を散らして後ずさったウルフに対し、立て直したリズも側面から袈裟懸けに機構刀を振り下ろした。
真皮を切った感覚を得た瞬間にトリガーを引く。薬液は即効性の神経毒。間髪を入れずに硬直を示したウルフは剥製人形のように体側面から地面へ倒れ込んだ。
「さすが少尉殿。手慣れていますな」
「VR訓練で身体が覚えているだけです。内心では震えています」
リズは死んだウルフと自身の機構刀を交互に眺める。モンスターと交戦経験のない自分がこれほど効率的に戦闘をこなせることに驚きを隠せなかった。
表体液により斬撃力が落ちぬように丁寧に引き切ること、真皮を切った手ごたえを感じた瞬間に薬液を注入すること。これらは熟練の技であって、初心者にはマネできないはずなのに。これがVR訓練の効果ということだろうか。
「VR訓練とはいったい?」
「いえなんでも。それより素早く忌避剤を散布しましょう」
リズは森林へと忌避剤を投擲してバラまく。森林地帯さえ散布が終了すれば、護送車と我々がサンプル採取を行う広場の安全はほぼ保障される。
数分後、散開した3組のバディが忌避剤散布を終えた。首尾よくリズ以外はモンスターに遭遇することもなく全員が無傷。初回の指示はなんとか無事に終えられたと安心する。
「採水機、起動します!」
採水機用のバッテリー接続や起動も恙なく行われ、サンプル採取が開始される。その間はリズたちは周囲を警戒する任にあたる。まあ任務という名の休息時間である。
ピンクに色づいた岸辺に打ち上げられた魚はヒレや鱗を巨大化させて対弾装甲を得ているモノが多い。傍らにはコアのないスライムもいくつか発生しており、汚染度合いは深刻なようだ。
「ん?」
数メートル先、坂になった岸辺を降りた先に黒塗りの筒が落ちていた。
リズはもぞもぞと坂道に蠢く小さなスライムにコアが発生していないことを確認し、坂道を降りていく。
つま先立ちでヘドロ状の堆積物を避けながら拾い上げた黒塗りの筒。
そこには「最強レーザー砲」とレーザープリントの刻印が入っていた。首尾よくちょうど忌避剤ケースに収まるサイズ感だ。
「レーザー砲??」
レーザー砲といえば大戦時代に使用された自律機械兵器が装備しており、多くの人間を屠ったという話を習った。途轍もない威力を誇っていたというが、300年も昔の大戦時代の遺物で動作する例は聞いたこともない。
「でも、なーんか綺麗なんだよね」
近くの岸辺には機械兵器たちの朽ちたパーツや鉄片は打ち上げられているが、どれも風化して朽ちて泥を被っている。
しかし、この「最強レーザー砲」はまるで最近作ったような――
「リズ少尉、何をしている?」
リズは振り返ると同時に忌避剤ケースへとレーザー砲?を押し入れた。
「あ、ライメンツ少佐。岸辺の着色度合いを思案していました。不浄な場所に湧くスライムは着色された岩以外からも多数出現しています。汚染物質が濃厚付着したために色づいたと考えていましたが、違うかもしれませんね」
「ふむ……なるほど良い推測だな。少尉の予想は正しいんじゃないだろうか。変異した魚でも壊滅するほどの毒物が上流から流れているのだろう。毒薬は触れただけで命が脅かされるモノもある。絶対に川の水には触れないようにな。さて、もうすぐ採水も終了する。戻るぞ」
「はい、お気遣いありがとうございます」
坂を登り切ったライメンツはふと立ち止まった。
「あと一つ。ギルドに貼られているという怪しい依頼を知っているか?」
「は、はい。王国憲兵限定で、たしか報酬は好きな願いでしたか」
「そうだ。こんなバカげた依頼が下士官の間で話題になっていてな。どうやら依頼を受諾しにいった者がいるらしく……そいつは消息が掴めないらしい。少尉もこの怪しい案件に部下が巻き込まれないよう周知徹底を頼む」
「左様ですか。承知しました」
右手を挙げて敬礼したリズは、ライメンツの肩越しにみた光景に呼吸を荒げた。
『緊急事態、緊急事態!』
「ら、ライメンツ少佐……う、上を」
下士官たちの阿鼻叫喚がレシーバーから木霊する中で、彼らの遥か頭上には全身を赤く染めたドラゴンが小隊を見下ろしていた。
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