第20話 ブリーフィング

 下士官たちから視線を逃がして小窓を眺める。初めての王国外の世界。しかし高速で過ぎていく窓外の景色は緑一色だった。


 勉強した通り、除染活動がなされているアルフロイラ周辺を少し離れるだけで植生は様変わりしていた。繁殖力を強化した汚染植物が多くの在来種を絶滅させており、装甲車用の舗装路以外は人間の身長と同じくらいの草木が生い茂っている。


「うおお……オレ、外の世界初めてみました!」


「この辺はヒメヅリグサの群生地だから一面が植生が単一さ。モンスターと一緒で外殻が発達してるから食えたもんじゃねえ」


「なるほど! 食えないのですね」


 嬉しそうに小窓を覗き込むのは先ほどの二等兵。横にいた中年風で天然パーマの一等兵が腕組みしながらボソッと呟く。変異した植物を食そうとした勇気には感服する。


「な、なんだあれ……」


 二等兵が慄いたように覗き込んだ小窓には群生するヒメヅリグサ越し、数km先の湿地帯に双角を持った白い毛に覆われた棒のような物体が現れた。


「お、おいアレってもしかして……」


 乗っていた下士官たちが窓を覗き込む。口々に悲鳴や叫びをあげ始める中でライメンツも小窓が覗き込むや、携帯端末を取り出した。


「か、カリオンじゃねえか! おい少佐殿、これはやべえぞい!!」


 経験の長そうな初老の兵士が老眼鏡のレンズ越しに目を凝らす。声をあげて怖がる下士官たちを威嚇するかのように、カリオンは低音の野太い雄叫びをあげる。


「運が悪いな。護送車でもカリオンの攻撃を喰らえば一溜りもない。予定を変更してリル川の中流域に向かうぞ。ヤツの視界に入らなければ問題はない」


 カリオンは汚染が蔓延する以前のキリンという希少生物が滅生物質によって進化したモンスターだ。体長は10mにも達し、全身の白い毛皮の下に纏った厚い対弾装甲と空腹時の交戦的な性格から白い悪魔と呼ばれている。


 大災厄ではコイツが圧倒的な脚力で防壁を破壊した結果、各地の村や町で小型モンスターに侵入されて何万人もの命が失われた。それだけに恨みと恐れを抱く人たちがとても多い。


「俺らはここで死ぬのか……」


「死なん」


 ライメンツは項垂れて頭を抱えた中年パーマ下士官の直下を踏みしめて憤慨を示す。そして携帯端末の画面を空中に掲げた。


「落ち着け。すでに本護送車は1kmでカリオンから離れる方向の道路へ転換する。我々は中流域にて河川水の採取を開始したのちに移動して下流域で採取、そして最後に上流域へと移動するルートで任務を続行する」


 周辺地図と護送車が走行可能な道路が表示されていた。それを凝視した初老の下士官は顎元に手を添えて納得したように一つ頷く。


「少佐殿はいいセンスしておる。そのルートならばカリオンは問題なかろう。だが中流域や下流域で護送車を止めるのも少し不安だのう。下流に降りるほど厄介なモンスターが増えるからな」


「ああ、しかし日暮れまでに確実に戻ることと天秤に掛けると本ルートが最も危険性が低いと考えた」


「確かにそれが最善じゃ。中流域では襲撃報告例の多いウルフはもちろんのこと、ラゲットにも注意を払う必要があるな。そういえばリザードマンの目撃例もあったはずじゃ」


「会わないことを祈るさ」


 初老の下士官から目を逸らして呟いたライメンツは脱力してドカっと椅子に腰をおろした。


 依然として他の者たちも不安を吐露していたが、リズはなにも発言できなかった。はしゃいでいた二等兵と同じで、初めて外界に出る不安と副官としての責任に押し潰されそうだ。


「リズ少尉、少尉――」


「は、はい!」


 ライメンツに声を掛けられたリズは飛び上がるように背筋をピンと張った。


「私が採水機でのサンプル採取指示を出している間、貴殿には本隊の安全確保のために5人ほど引き連れてこれを撒いてほしい」


 国鳥であるアイルのマークが付いた茶色い筒が5本差し出された。

 王国支給のフィリム社製忌避剤だ。野営や外界での作業時にモンスターに襲われないようにするための必須アイテムといっていい。


「承知しました。四方に展開して隊を取り囲むように拡散します」


「ああ、頼んだ」


 リズは抱きしめるように筒を受け取った。

 ライメンツは彼女の肩に軽く手を載せると、少し力を入れて肩の力み具合を確認する。


「少尉は今回が初任務だったな。そう肩に力を入れずに気楽にいこう。心配しなければ上手くいく。そうだ、目的地まで5分ほどあるから豆知識的な話でもしようか。少尉はこの忌避剤が何から出来ているか知っているか?」


「えっと、外界の汚染植物と習いました」


「ああ、ラスティネイルと呼ばれている汚染植物が原料だ。乾燥させて燃やすと、モンスター化した動物が本能的に嫌う匂いを発する。人間には感じないから筒を開けても無臭だけどね」


 ライメンツは筒の一本をスポッと小気味いい音を響かせて開く。

 無臭と言ったがしかしリズは腐ったような臭気をわずかに感じて表情を濁らせた。


「フィリム社は筒に入っているペレットにその匂いを染み込ませて、長時間持続するようにしたわけだ。だが最近ではグリュックも質のいい忌避剤を作っているな」


「グリュック?」


「大陸の西にある工業国家ライダスに本拠地を持つ医薬品や機構武器のメーカーさ。昔は粗悪な製品を作っていたが、最近ではフィリムと対等に並べそうな品質になっていて価格も安い。今回の輸入解禁でフィリム社としても脅威に感じていることだろう」


”目的地に到着しました。30秒後に自動運転を停止します”


「おっと、もう作戦開始か。少尉は奥に座っている二等兵と一等兵たち5名を連れ、半径300m以内に散布を頼む。士官学校時代の少尉の腕は知っているが、モンスターにはよくよく注意してくれ」


「承知しました!」

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