翻弄される銀髪憲兵

第18話 銀髪憲兵の願い

「お父さんと私の分まで強く生きなさい」

 

 点滴を挿した細い腕は銀髪の少女の手を取った。その弱々しい語気からは生きる気力が感じられなかった。


「ダメ……わたしが絶対に助ける。絶対に助けるから!」


 背中まである長い銀髪を後ろで一つに括ったリズは両手で力強く握り返した。力ない笑顔を浮かべる母は肝臓がんのステージ3。現代医学をもってして完治させられる最後のチャンスだといわれている。


「ごめんね……わたしがバカなせいで。あなたを独りぼっちにさせてしまう」


「お母さんは死なない、あたしが死なせない。ドナーは見つかったんでしょ、あとはお金さえ工面できれば――」


「いいのよ。あなたにこれ以上お金を払わせられない。これは愚かな私への罰なの。だから……あなたはあなたの人生を生きて。軽々しい誘いには乗っちゃダメだからね」


 滅生物質を”摂取”したことにより肝臓が病変異を起こし、余命数カ月。有効な治療法は肝移植のみ。それが主治医たるアンナがリズの母へ下した診断結果だ。


 加速する治療費で国庫の財が枯渇しつつある今、以前は王国民保険が適用された治療も続々と適用外になっている。

 リズの母が患う肝移植もそんな症例の一つ。告知された移植手術費用は500万サイカだった。


 滅生物質による汚染は形質変化と病変異という二種の症状をもたらす。前者はモンスターのように身体の一部に特殊な形質を持った人間を指し示し、後者はリズの母のように細胞がガン化して生命が脅かされた者を言う。


 いずれも細胞の変異であるが、二者択一のルールは未だ解明されていない。ただ病変異する患者が汚染患者全体の9割以上を占めることだけは確かな事実だ。


「お金なんて心配いらない。絶対にお母さんを助けるから。わたしは絶対に……」


 新米憲兵としての収入で今すぐ500万サイカを用意するのは不可能だ。それはリズ自身が一番良く分かっていて、そんな大金を借りれるような宛もない。

 頬を伝った涙がジーンズを履いた腿へとこぼれた。勝手に涙が溢れたことにさえ気づかない程、リズは金の工面について思考を巡らせていた。


 弱い姿は見せまいと慌てて目元を拭ったリズはベッドに横たわる母の顔を見る。


「…………」


 すでに母は疲れて眠っていた。病気に体力を奪われているのか最近は覚醒している時間も短くなっている。


「絶対に諦めない。自分が目の前にいて行動を起こせる状態にあるのに諦める理由なんてないじゃない。今度はあたしが家族を救うんだから……」


 握っていた母の手を掛け布団の中に戻そうとした折、彼女の携帯端末が3回振動した。先月から憲兵として赴任した現場で同期と繋がったSNSの通知だ。


【憲兵を指定したリクエストがギルドに貼られてるんだが。怪しすぎる】


 同期から送られてきた一つの画像を確認した途端、リズは目の色を変える。


「これ……ホントかな」


 それはギルドの掲示板に貼られたリクエスト依頼の写真だった。

 ”誰でも出来る簡単な仕事”と銘打たれており、応募条件は”王国憲兵なら誰でも可”と書かれている。

 依頼成功で支払われる報酬は”どんな願いでも可”とあった。

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