第15話 束の間のデート2

「わあ、フィリム社最新式の機工武器も入荷してるじゃないですか。それに雷流弾や火炎弾なんて一般向けじゃない装備も扱ってる!」


 目を輝かせたカナリアはケースに展示している機工刀を食い入るように眺めた。各武器には値札と共に、薬液孔の数や使用できる薬液の種類などの情報が記されている。


 彼女が眺めているフィリム社の最新式機工武器は硬質なミスリル合金が用いられた逸品だ。鏡面にも比肩する一点の曇りない銀色を放っている。その値段ときたら一介の学生では到底手が届かない。


「私も叶うならフィリムの武器を使ってみたいな」


「カナリアさんが持っている武器は、刀も短刀もグリュック社製のミスリル合金製だったか。グリュックも最近は良い武器を作ると聞くし十分だろ」


 安いといわれるグリュック社製でもフィリム社製品の30%オフといったイメージだ。ましてミスリル合金製は両社ともに最高級ラインナップの一角を占める。彼女の現在の機構刀でも性能は十分に高いはずだ。


「そう……だね」


 カナリアは消沈したように語威を弱めた。


「わー、奥には装身具類が展示されてるんだね」


 二人はショーケース伝いに店の奥へ移動する。一角では防弾や防刃ベストやヘルメットといった装身具が壁に吊るされていた。


 陳列棚の手前に並べられたポーチ類を見つけたタツキが足を止める。利用していたレッグポーチも老朽化のため買い替え時期だ。掘り出し物があるならば買っておきたいところ。


「なにかいい品物でもありましたかー?」


 しばらく値札と格闘していたタツキにカナリアが声をかける。驚いて振り返ると、すでに真後ろまで接近されていた。


「どうしました?」


「いや……」


 国外のフィールド調査ではいち早く敵を発見できるかが生死を分ける。

 リサ教授とともに汚染植物の調査に何度も出かけた経験量は絶対に並みの人間には負けてないはず。

 それなのに背後への接近に全く気付けなかった


「ははは……」


「どうしました?」


「いや、なんでもない」


 いまは人の目はない。殺傷や誘拐などの犯罪には絶好の機会だ。にも拘わらずカナリアはなにもしてこなかった。

 それが危惧していた事態への答えだろう。そう気づいて思わず笑ってしまったなんて言えない。


「あああぁ、フィリムのACK―Sが売ってる。これ、なかなかお目に掛かれないレアモノなんですよ!」


 タツキの右肩を支えにニョキっとカナリアが身体を乗り出し、陳列してあったポーチ群から青色の羽飾りで装飾されたレッグポーチを掴み取った。

 そして鈍い青色に染まった生地を触ったり、ファスナーの剛性を確認したりと忙しく品定めする。ポーチから垂れ下がった値札には50000サイカと刻まれていた。

 ちなみにタツキの一月の生活費が寮費諸々合わせてそれ位だ。つまりタツキが1か月断食しても購入できない高級品である。


 カナリアはACK―Sとタツキの太股を交互に見遣る。


「あ、タツキさんってポーチ付けてないんですね」


「サポートウェポン類はフィールド調査以外に持たないからね。でも、今使っている安物が解れてきたから購入は検討してる」


「そうですか。じゃあヒュージゴブリンの後処理を押し付けちゃったお詫びに私がプレゼントしちゃいます!!」


 いいこと思いついた、とばかりカナリアが両手を合わせる。


「いやいやいやいや。ダメだよ。後処理だって研究室の同期に任せてきたし」


「もう、買ってあげるって女子が言ってるんです。素直に受け取らないとバチが当たりますよ。ってことで、買ってくる!」


 稲妻のように即決した彼女はタツキの遠慮を許さないとばかりに入り口付近のレジへと駆けて行った。 


「ちょっ――」


 引き留める間もなかったタツキは渋々待つことになった。

 じっとしていられずサポートウェポン棚の手投げ弾をいろいろと物色する。 ”一律2000サイカ お得!”という値札がデカデカと掲げられている。


「リサ教授はこれをほいほい投げているのか」


 手に取ったタツキはため息を付く。煙幕や火炎弾、雷流弾も勢揃いしているが、どれもこれも同じ値付けで目が回りそうだ。


『フィリム社は安心して日々を過ごせる武器をご提案いたします』


 CM音声に惹かれて頭上の壁掛けモニターへ視線を向ける。


 モニター内ではフィリム社の二代目であるカレンの父親が熱烈に新製品のアピールを行っていた。カレンが装備している薬液弾を撃ちだす拳銃だ。半年後には試しに市販されるらしい。


「タツキさんお待たせしました。はい!」


 天使のような微笑みを浮かべたイノリは買った紙袋を差し出す。なかには青いレッグポーチが入っている。


「いやいや、本当に貰っていいの!?」


 会ったばかりの女の子に高額なポーチをプレゼントして貰うなど常軌を逸した話にも程がある。もしや詐欺では、とまで勘ぐってしまう。


「気にせず受け取ってください。私からのプレゼントですから!」


 この問答は2,3回続いた。だが結局、カナリアに押し付けられる形で紙袋を受け取った。


「あ、ありがとう」


 彼女の眼差しを浴びながら袋を開けると、柔軟な青色の皮地で形作られた50000サイカのレッグポーチが顔を出す。ご丁寧に値札やタグの類は全て取り除いてあった。


「ACK―Sはフィリム社が軍用品を民間向けに特別アレンジしたレッグポーチです。ウルフの本革とラスティネイルから得られた防刃繊維で編んでいます。

 人肌なんて簡単に切り裂くミスリル合金さえ止める優れモノですよ。しかもこれは裏地にミスリル防刃メッシュ加工されてる掘り出し物です。普通に買ったら倍くらいしますね」


 いきなり饒舌になったカナリアに圧倒される。

 たしかに手触りが滑らかで重量も軽い。いわれた通り裏地を確認すると、鏡面のようなツヤを秘めた銀被膜が全面に施されていた。


「こんな超高級品を貰うなんて悪いよ。俺の全財産を使っても御礼できない」


「いえいえ貰ってください。あ……うん」


 話の途中で少し笑顔を曇らせたカナリアはぴょんと一歩後退するや、


「もう私、行かないと。じゃ、ちゃんと装備してくださいね!」


 スカートを捲し上げて左太腿をちらつかせたカナリアは逃げるように店の入口へ走っていった。

 いきなり取り残されたタツキは階段を上ってきた店主と視線が会う。


「あの嬢ちゃん、すげえ急いで走っていったけど。どうした、フラれたか?」


「どうでしょう……」


 もやもやとした感情が渦巻いたタツキは渡された紙袋の中に紙切れが入っているのを見つけた。取り出してみるとカナリア・ショールという名前とともに電話番号とメールアドレスが書かれていた。


 困惑したように紙袋にACK―Sを仕舞ったタツキは右手の紙切れをポケットに突っ込んで店を出る。

 踏板の欠落に注意しながら慎重に階段を下りるタツキは、翻したスカート下の左太腿に装備されたACK―Sを思い出す。


「まさかのペアルックか」


 柄にもなく頬を赤らめるのであった。

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