第14話 束の間のデート

 様々な店が立ち並ぶ中心街から歩を進めると視界に廃墟が多くなる。景観の整備も心許なくなってきた頃に18区という古びた標識が顔をだした。


「あの、タツキさんはどこの専攻なのですか?」


「工学系でマナバイオ化学とかマナ生化学とか色々。色々あって同年代のみんなより数年多く研究してる」


「マナ生化学ですか! 私と殆ど同じですね。遺伝子変異による形質変化を戦闘利用する方法を模索するテーマを研究しています」


「形質変化を戦闘に利用、ですか。面白い取り組みですが、刺激を与えると変異部が進行するのではないですかね」


「……仰る通りですね。まだまだ研究が必要だと思っています」


 興味なさげに受け応えたタツキに気遣ってか、さらに何か言いたげだったカナリアは口を噤んだ。

 二人は往来のある中心街を抜けて貧民区の路地裏に来ていた。辺りにはゴミが散乱しており、お世辞にも治安が良さそうではない。


「確かこの角を曲がったところに武器商が有りましたね」


 カナリアはポケットから携帯端末を出して地図を確認する。


「ここがタツキさんの行きつけですか?」


 情報を共有しようと身を寄せてきた彼女に対して、タツキは本能的に一歩遠ざかった。


「あ、ああ。ここで買った品だから手入れして貰っているだけさ」


 数体の小型モンスターと戦った後には機構刀を整備するようにしている。頻度でいえば半年に1回程度だ。整備・点検だけで数千サイカは懐から飛んでいくため、あまり乗り気でないのが実情である。


 チラリと伺った彼女の腰元、スカートのウエストベルトには機構短刀が垣間見える。ブレザーによって他人からは秘匿しているが、斜め上から覗き込むと辛うじて確認できた。


「やっぱり……気になりますか。懐の機構武器」


「え、いや……」


「ヒュージゴブリンと戦ってた時の私……狂ってましたよね。怖いですよね」


 タツキは口を一文字に噤んでなにも答えられなかった。否定も肯定も出来ぬまま視線を進行方向に泳がせる。


「いいんです……それもきっと私だから――あ、武器屋が見えましたね」


 広がった路地の袋小路。その奥にある薄汚れた看板には物々しい骸骨を銃と剣が貫いたマークが入っている。その下から続く錆びついた上り階段が武器商への入り口だ。

 階段上では進路を塞ぐようにゴツイ体躯の男が一人、タバコを吹かしていた。頭に布を巻いており、その風貌はいかにもならず者である。だが店の主だ。


「……ああ、おめえか」


 素っ気無く呟いた男にタツキは硬い表情でコクリと一つ頷く。


「そうか。まあ入れや」


 男はそう言い放ってタバコを一息吹くと階段を上がっていった。


「根は良さそうな店主さんですね。私の行きつけとは大違いです」


「素行の悪い店長なのか?」


「うん……それもあるし、調整と称して変なことされたりもするから」


 会話を遮るように先行したカナリアは両脇の錆びついた手摺を掴んで階段を駆け上がった。ギシギシと軋み音をあげる階段は風雨による浸食で今にも崩れそうだ。 

 続くタツキが階段の1段目に右足をかける。すると大仰な音を建てて踏板の一部が崩れ落ちた。


「あー、崩しやがったか。面倒だがオーナーに電話しとくか」


 店主はついに来たかとばかり階段の欠損部を見下ろす。

 分かってるなら修理しておけよ、とタツキは怒りの視線をぶつけた。だがメンタルが強そうな店主には効果がなさそうだ。

 会話を聞きつけたカナリアがひょこひょことやってくる。


「店主さんがオーナーじゃないんですか?」


「ん、ああ、俺は雇われだ。オーナーは裏ギルドの運営者の一人である裏社会の人間だ。他の仕事で忙しくて回らねえらしいから俺がこの店をみてる」


「やはり武器を扱う店は裏社会の人間が多いですよね」


 国内では憲兵以外は武器の携行が許されていない。よって表向きには武器類は販売できないことになるため法律的にグレーな商売になっている。

 しかし貧民区に設置されているギルドの依頼はモンスター退治などの危険な仕事が多い。そのため憲兵の監視がない貧民区の人間たちは当たり前に武器を持っている。こういった部分の法の運用は随分と曖昧である。


「そういう類の話はここまでだ。さっさと商品でもみていけ」


「わかりました」


 タバコの煙をふかした店主はそう言ってどこかへ歩いていった。


 好機をみつけたタツキは試しに踏みしめた二段目の板を蹴ってみる。ギリッと嫌な音を響かせて錆びついた部分にこぶし大の穴が開いた。脆すぎである。

 ひとまず店主に破損を悟られぬうちに階段を上る。ハシゴのような狭い踏板と急勾配は何とかしてほしいものだ。


「大丈夫ですか。タツキさん」


 階段を登ったタツキに店内からカナリアが右手を伸ばした。ちょうど着崩したブラウス越しに胸元が強調される体勢になっており、少し膨らんだ控え目な胸に当たるピンク色の下着が見えている。


「あ、ああ。ありがとう」


 目のやり場に困ったタツキは俯きながら華奢で少し丸みを帯びた手を取る。


 正方形の部屋が奥に二つ並んだ店内は相変わらずの物々しさだ。打ちっぱなしの木材を張った壁や棚には銃や剣、槍をはじめとした武器が所狭しと並べられていた。

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