第6話 (EX) スライム創生の記録
――――滅生物質。
それは人類が生み出した機械生物という負の遺産を清算する手段として生まれた。その発端は太古に幾重にも重なって勃発した東西での世界大戦だ。
西側諸国はAI技術を飛躍的に高め、AIを重火器を搭載した機械へ乗せることで殺戮機械を生み出した。彼らはまるで意識があるように振舞うものの、哀憐や躊躇、愛情などの人間らしい感情が抑制されている。
そのため機械生物などと呼ばれていた。
大戦初期から投じられた彼らは息をするように視覚センサーに映った人間を狩り続け、幾重もの戦場を血で洗った。一説には人類相手に敗北は一度としてなかったといわれている。
そう、人類相手には、だ。
機械生物に押し込まれた東側の連合国は資材も金も兵力も損耗が激しく、完全敗北を喫することは時間の問題だった。しかし彼らは滅生物質を生物に投与することで遺伝子改良し、怪物を生み出すことに成功した。
それがコアスライム。
メンテナンスや個体増産などの人的リソースを必要とする機械生物と違い、外環境から餌となる生物を種類を問わず呑み込むことで無限増殖するスライムたちは非の打ち所のない最強兵器だった。
しかしながらスライムの処理方法に疑義を抱いた化学者たちもいた。だが外部的にpHを急激に変化させることで無力化できるという実験結果を得たことで、戦後の後処理にも問題をきたさないと考えられた。
なにより軍部から火急の要請とあらば、運用に多少の問題があったとしても化学者は適当な理由を付けて”兵器利用可”であることを示すしか道はない。
かくして実戦投入されたコアスライムたちは帯びた強い酸性により機械生物を錆させ、あらゆる土地で次々に機械たちを無力化した。機械生物たちは無機物であるスライムを敵と認識することもなく、自身が攻撃されていることにも気づかず朽ちていったようだ。
東部の連合国の思惑が見事に的中し、スライムの活躍で戦線はたった数か月で押し返すことができた。歓喜に沸いた東側はさっそく領土に溜まった大量のスライムを中和して消滅させた。
全てのコアを無効化させたことですべての処理は完全に終了した。そのはずだった。
しかしスライムの処理を行った数日後に草原はスライムでまた溢れかえっていた。
何度消滅させても、酸をバラまいて処理しても、スライムは地上から湧き出るように復活したという。連合国を嘲笑うかのように大群で押し寄せたスライムは瞬く間に東側陣営の土地すら浸食したのは言うまでもない。
混乱の中で軍人たちは様々な処理方法を試みるうち、ゲル体内部に浮かぶコアを細かく破砕すれば小さなスライムしか復活しないことを発見する。
しかも生まれた小スライムはかろうじてゲル体を保つのみで移動や攻撃が出来なかった。かくしてコアを粉砕することで全てのスライムは処理された。
彼らの目論見通りに地表には小さなゲル体しか出現しなくなり、現場の軍人たちは束の間の大勝利に酔いしれたのだった。
しかしその裏で大陸地下に”浸透”したコアの残滓たちが着実に生物に取り込まれ、取返しのつかないバイオハザードを引き起こしていることなど知る余地もなかっただろう。
いまや野生の世界は人間が食物連鎖の頂点から転がり落ちた世界へと変貌した。滅性物質でのいびつな進化で格段に強力になった個体はモンスターと呼ばれ、ルフロ大陸全域で闊歩している。
人々の印象に強く残っているのはウルフを中心として大型モンスターも集まった大群でアルフロイラに押し寄せ、多くの人々が犠牲になった”大災厄”であろう。
大災厄以降の調査で野生生物たちが次々とモンスター化していることが明らかになり、中世の戦乱時代顔負けの立派な城壁を建造するに至ったのだ。
現在は王都アルフロイラのように堅牢な城壁と水路で外部環境を遮蔽しなければ人間が生きれない世だ。目まぐるしい生活環境の変遷をその目で、その肌で、体感してきた高齢者たちは『まるで一億年前の原初時代に戻ったようだ』と口を揃えている。
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