第5話 ヒュージゴブリン

 タツキは粘性を失って崩壊しそうになっているコアへ機構刀の切っ先を押し入れた。薬液噴出孔から負圧によって赤いコア液がサンプルホルダーに流れ込む。間違っても液体を皮膚に付着しないように細心の注意を心がけた。


「それコアスライムじゃないですかっ! どうしてこんな場所に」


 分厚いファイルノートを脇に抱えた金髪の少年が好奇心に満ちた表情で全力疾走してくる。

 ユウリ・エルフェス――モンスター生態学を専攻する修士学生だ。つい一年ほど前にタツキの過ごすイリエ研究室へと転入してきた若き天才である。


 中肉ながら小柄で丸みを帯びた幼い顔立ちをしている。それをコンプレックスに感じている当人いわく、眼鏡だけは磨かれた金属ラウンドフレームで博士っぽさを強調しているらしい。その甲斐も虚しく学院への入校ではかなりの確率で学生証の提示を求められている。


 実際の年齢も飛び級を重ねたせいで年相応の16歳だ。本来は18歳からしか入学資格のないミリアス学院だ。お子ちゃまということで門前払いを食らうのも頷ける。


「貴重なサンプルを採取しておいた。これでユウリの研究も捗るな」

「そんな悠長なこと言ってる場合ですか! コア有りが学内にいるなんて冗談でしょう。非常事態宣言は出てないんですか?」

「なんにも。いまだ学内は平和ムードだ」

「憲兵は何やってるんですか。コアスライムが学院を闊歩したってなると敷地の浄化作業が必要ですよ。それに短期的なスライム発生も増えるだろうし、なにより滅生物質への被毒が心配です」

「ああ、早く憲兵に知らせないといけない。この時間は対応が悪いんだったか」

「ちょうど当直の交代時期ですからね。でも、噂していると来ましたよ」


「おーい、そこの研究生!!」


 憲兵服に身を包んだひげ面の男がタツキたちへ小走りでやってくる。緑一色の憲兵服に帯びた刀と銃から察するに学内の治安維持を専門とした憲兵警察だ。この分だと汚染処理班の到着はまだ先だろう。


「君は機構武器所有者とみた。いま理学部棟三号館前でヒュージゴブリンが暴れている。槍を持った小さな少女が侵攻を食い止めてくれているが厳しい状況だ。大至急応援を頼みたい!」


「了解しました。ところで槍を持った少女……ですか?」


「ええ。妙な形の穂先をした槍でしたね。かなりの腕利きと見ましたが、苦戦しているようです」


 変な槍を持った少女というフレーズにタツキとユウリは顔を見合わせた。怪訝な表情をするユウリとともに同じことを思い浮かべて頷きあう。


「ちょっと応援に行ってくる。ユウリはそのスライムと研究室内にあるウルフの死骸処理を頼んだ!」


 サンプリングを終えたタツキはカートリッジを取り外してユウリに押し付ける。


「ちょ、ちょっと待ってくださいよ!!」

 

 タツキはその言葉を聞きながら逃げるように理学部棟三号館へと向かった。




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