第3話 コアスライムとの対峙

「カレンどうした。大丈夫か!?」

「大丈夫だから……」


 捻りだすように呟いたカレンは壁を支えにフラフラと立ち上がって銃を構える。今にも崩れ落ちそうな背中はとうてい大丈夫には見えない。


 首尾よくモンスターに遭遇せず廊下を抜けてラウンジへ出た。

 在籍している研究生が休憩や食事を取ったりするスペースだ。テーブル上は教授が好きなスポーツ装甲車関係の雑誌や有機マナ関連論文で雑然としているが、賞状の飾られた棚やモンスターに食い荒らされた形跡はなかった。


 これは妙だ。一般的にウルフが家に侵入するとあらゆる家具が破壊されることはよく知られている。木材が放つ臭気物質がウルフの破壊衝動を誘うためだ。

 ラウンジの家具が荒らされていない理由を考えたタツキは廊下に置かれた草に気づいた。


「まさか草の匂いに誘きよせられてきたのか?」


 タツキに気づく前までウルフたちは廊下にあった草にご執心だった。

 もしあの草がモンスターを引き寄せているならば……学院内には未だモンスターが闊歩している可能性がある。

 しかし憲兵による監視が強固な学院にモンスターがいるとはにわかに信じられない。有り得るとすれば研究用のモンスターが逃げ出したくらいか――


「考えてても埒があかないな」


 タツキはラウンジの角、白壁に固定された重厚な黒塗りの金庫へ足を運ぶ。そして拳二つ分ほどもある巨大な電子錠に暗号キーを入力した。

 カチャッと開錠音が鳴り響く。

 分厚い金属扉の奥、防刃・防爆ゴム張りの庫内に立てかけられた白鞘の刀を手に取る。中古品だがモノのいいフィリム社純正の機構刀。幾つもの調査で命を守ってくれたタツキの大事な相棒だ。


 刀型の機構武器は薬液を刃先から噴出する単純な機構も相まって維持費が安い。人一番金欠なタツキのような研究生にとっては有難い存在である。


 タツキは膨らんだ柄に取り付けられた薬液計を覗き込む。カートリッジ残量は十分。ウルフのような小型モンスターなら10匹は相手にできるだろう。


「なにもいないみたいね……」


 ラウンジから繋がる玄関通路を一通り見渡したカレンは藍色のソファに崩れるように腰を下ろした。そして頭を抱えてテーブルにうな垂れる。朝日を浴びて金色を帯びた前髪の隙間から、凝らすようにタツキへ視線を向けた。


「さっきはゴメン……取り乱して」

「カレンはそこで休んどけ。俺はちょっと研究室の下を見てくる」

「いや、あたしも行く。タツキ一人じゃ心配だし」

「そうか……わかった」


 そんな状態のカレンを連れていくことが心配、というセリフは喉元で留めた。本人に行くという意思があるのだから止める理由はない。


 立ち上がって準備を終えたカレンが機構銃を構えるのを確認し、研究室の玄関ドアノブに手をかける。すぐに刀を抜けるよう鯉口を切って右肩で扉を押し開いた。

 徐々に刀を抜きつつ扉を開けて視界を広めていく。

 だがコンクリート剥き出しの外廊下には生物の姿はなかった。


 研究室のある二階から眺める風景に特に変化ない。階段を降りた目と鼻の先にある、赤とピンクのタイルで舗装された三番学路もいつも通り閑静だ。


「意外とパニックになってないんだな。これじゃ俺たちが学院法を犯してるみたいじゃないか」


 学院法には平常時に機構武器を携帯してはならないとある。まして無意味に刀身を抜いたり、発砲したりすれば所持免許を有した研究生であっても実刑に処される可能性がある。

 人が触れれば死に至る神経毒を利用する武器だから当然であるが。


「いや、そうでもないみたい」


 外廊下の手すりから下を覗き込んだカレンが指さす。

 この研究室への階段が繋がっている三番学路の付け根、街路上の一部だけ腐食されて黒色に変わったタイルの上に弾力のある溶液が蠢いていた。溶液内部には拳大の赤い球が規則的な周期を描いて浮遊している。


 溶液は左右に一つずつコアを有しており、断続的にゲル状溶液を撃ち出しつつ階段へ迫っている。移動速度は分速数十センチと緩慢だ。


「よりにもよってコア有りスライムか。あいつらも草に引き寄せられたヤツらかな」

「でもスライム種とウルフ種なんて性質がドーナツと飴ぐらい違うじゃない。そんなのを一気に呼び寄せる香草なんてあるのかな」


「……そうだな。ひとまず音を立てないように奴らに近づこう。隙を見て討伐する」


 ドーナツと飴という独特な比喩に対するツッコミは諦めた。

 気を取り直したタツキは忍び足で階段を下り、最下段の踊り場に身を潜める。


 じっくりと観察しようと身を乗り出す。すると後続のカレンが手摺り越しに黒塗りの拳銃を構えてサイトを覗きこんでいた。

 それは彼女が保有する二丁の銃のうち鉛弾を撃ちだす旧式実銃だ。猛毒の薬液をモンスターに放つ機構銃のように高価ではない。確かにスライムは実包を使った物理攻撃でコアを射抜くのが有効だが、この距離で使うのは――


「人払いよし、標的確認」

「おい、やめ――」


 引き金に手を掛けたカレンを視界に捉えたタツキは、射撃体勢にあったカレンを押し倒す勢いで身体ごと飛び込んだ。


――撃鉄が作動して黒い銃身から白煙と発砲音が木霊する。


 刹那、スライム中に漂う二つの赤球は内部で素早く回転し、水風船大の溶液球を高速に撃ちだした。それらはカレンが頭を出していた場所を狂いなく捉える。

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