6
見渡す限りに、無骨で寡黙な戦車や装甲車が整然と並んでいた。倉庫の奥は照明を灯していないので、暗い。そしてどの車輌にもシートがかけられ、暖気が行われている様子がない。これらは使われる予定がなかった。なぜなら操縦を行えるものがいないからだ。
近年、皇師の入隊者は減少の一途を辿っていた。井乃原まもるの効果的なプロパガンダのおかげだ。いわく、同族を狩る無慈悲な軍隊などに入隊するものは、現状を把握できない愚か者だそうだ。それに対する反論を行ったところで、本当の愚か者達は現状を把握してくれることはないだろう。得てして戦争とはそういうものだ――座学を、サボるものと理解していた一士は当然、歴史に詳しくなかった。だが目の下にくまをつくった三波が、悔しそうにつぶやいていたのを聞き逃すほど鈍いつもりもなかった。
そのような経緯に加え、自らの意思を持たない機甲猟兵への志願者が増大したことも相まって、複雑な操縦技術と整備技術を要する戦闘車輌は、使われる機会を失いつつあった。
そのため三つあるうちのひとつを一士が貸し切ることになったとしても、なんの問題も生じなかった。それどころかここの歩哨を別の部署に回すことができたのだ。守っても仕方のない倉庫を守らせるより、そのほうがよっぽど効率がよいだろう。一士はそう考えることにした。
倉庫の隅に更衣室がある。その扉の前で、一士は右手でパッケージングされた袋を胸に抱え、左手には無骨なアタッシュケースを握っていた。両手がふさがっているので、足で蹴り開ける。
悲鳴をあげ、扉が開いた。背のないベンチと素っ気ないロッカーが部屋の奥まで並んでいる。
思わず、一士は不動の姿勢をとった。パッケージングされた袋も、無骨なアタッシュケースも投げ出していた。
一士の想像と違って、室内はきれいで、整理整頓が行き届いているようだった。内務の成績が目もあてられなかった一士には驚くべきことだ。自室を持ち出して比較するまでもなく、更衣室には清潔感が満ち満ちていた。
車輌課のオーガナイザーは、内務において一士に勝っている。そのことに、一士は純粋に感動していた。皇師はこういったひとりのひとりの兵達によって支えられているのだ。そして〝天京〟も――それを一士が実感した瞬間だった。
「負けられないよね、やっぱり」
ひとつうなずき、一士は荷物を持ち直して部屋の奥へ。手早く、しかしどこか優雅な所作で今まで着ていた服を脱ぎ、丁寧にたたむ。頭上の蛍光灯から寒々しい光を受け、彼女のなめらかな肢体は、色を失いながらも輝いていた。パッケージングされた袋から古風な戦装束を取りだす。両手で目線まで掲げ、一士は少し首を傾げて見せる。
派手な服だった。それは皇師兵の着ている迷彩の戦闘服ではなかった。公の場でよく用いられる、一士用にオーダーメイドされた儀礼軍服だった。防御というよりもむしろそれは、皇師兵の士気を盛りあげるための、その効果を狙って作られたものだ。しかし一士は決戦に臨むその身でありながらあえてこの、戦装束を選んでいた。一士だって自分がどのような立場にいるのか、そのことを理解していないわけではない。
着替えが終わると、一士はアタッシュケースを開いた。そこには彼女の能力の源が入っていた。銀色の真球――鉄晶核が黒色のスポンジに包まれ、鈍い光を放っていた。その鉄晶核のなんたるかを知る者は、敬意と畏怖を込め、それをこう呼んでいた。
〝四つの対なる神〟
しかし――一士には厄介の種でしかなかった。
普通人のみならずオーガナイザーからも畏怖される鉄晶核をたずさえ、一士は倉庫の奥に向かった。彼女の手の中で、銀色の真球がまたたいた。
倉庫の奥に、一箇所だけ照明の点灯している場所がある。その照明の下で、山内が使える車輌を点検していた。そのそばでは、都市迷彩の戦闘服で大きな身体を窮屈そうに包んだ二盛が、作業を注視している。
ふたりはひどく対照的な体躯であった。山内が枯れ木であるのに対して、二盛は筋骨隆々の身体を黒い肌で包んでいる。髪の色は山内が雪、二盛が銀、そして一士が栗だ。
立ち止まり、ぼんやりと彼らを眺めていた一士がぼそりとつぶやいた。
「ありがとう、山内」
「――なにかおっしゃられましたか、一士様?」
顔をあげ問うた山内が、一士の手の中のものを見つけ、目を細めた。
「ううん、なんでもないよ」
首をふり笑う一士。山内は一士のその態度になにかを感じたのか、即座にそれを問いとして発した。
「……もしや一士様、死ぬ気ではございますまいな? わたくしは勝算もなしにあなた様を戦場に送り出そうなど、そのようなこと毛ほども思っておりませぬぞ」
「それは、知ってるよ。あなたがなんの考えもなしに、私に賛成するとは思えないもの」
「ならばなにをお悩みなのですか? そのような態度、聞いてくれと言わんばかりで、どうにもさきほどより気になって仕方がないのですよ」
口調はきついが、彼は一士のことを心底気遣っている。そのことに気がつかないほど、一士は鈍感な人間ではなかった。
少しの逡巡の後、肺の中の空気をすべて押し出したような声音で、一士は言葉を吐き出した。
「……山内は、なんのために戦ってるの?」
「わたくしよりも、年若い人々のためです」
即答であった。山内は一士をまっすぐに見つめ、そこには自分の答えに対しての、確固たる自信が存在していた。
「そして今は、一士様、三波様、お二方のために戦えることをわたくしは誇りとしております」
一士は山内から視線をはずし、天井の照明を見あげた。めったに使われることもなかったのだろう。その照明はまだ新しい光を放っていた。
「山内……私はこわい」
一士は素直だった。
山内は黙っていた。いや黙っていてくれたのだろう。軍人には似つかわしくないその心地よいやさしさに、一士は身を任せる。
「これが――この底が見えない力の源が」
まだ新しい光を受け、〝四つの対なる神〟が意思を持っているかのようにまたたいた。
「こうやって触ってるだけで――全身の血が逆流するような興奮がこれから伝わってくるのよ。こいつが戦えることを喜んでるのが、伝わってくるのよ」
「ではなぜ、一士様は戦おうと決意なされたのですか? その理由とは?」
叱責というよりも、うながす口調。
「それは――」
一士の脳裡に、薫風になびく新緑の大木がよぎった。
「たぶん……三波は覚えてないと思うけど、私は、私は約束したから」
「三波様と、約束、ですか……」
「そう――私は約束したんだ。絶対に忘れないってそのときから決めてて、今やっとその約束を守れるんじゃないか! ――だから、」
顔をあげた一士に迷いは見られなかった。駆けだした一士は、山内が整備し、二盛が起動させた四輪駆動車の助手席に飛び乗った。
「山内、三波に伝えて! 『あの約束を思い出せ!』って――」
それを合図に二盛があやつるジープが、カタパルトから飛び出す戦闘機のように倉庫から走り出した。同時に、一士は殺伐とした熱気に包まれた。倉庫の外にいた皇師兵の面々が一士に気がつき、歓声をあげている。
一士から見えるバックミラーには、山内が敬礼している姿が映っていた。それは独特な敬礼であった。せまいコクピットでヘッドギアをつけたまま仕事をするパイロットに特有の、脇をしめ、ひじから先を垂直に立てるやり方。それは、実に見事な、年期の入った敬礼だった。
背を押されるように、ジープは加速していった。
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