5

 惑星はそろそろと闇の領域を脱しようとしていた。

 瓦礫が並ぶ舗装路を、数人の影が駆け抜けていく。その全員が皇師の戦闘服に、白と黒とその中間でモザイクに染められた都市迷彩を施していた。先頭を走っているのは数冠者、〝銃神〟柄沢正五郎からさわしょうごろう。齢二十歳にして、性格は獰猛。病人のようにがりがりに痩せ細った体躯を、様々な携帯火器でがちがちに固めている。さながら銃器の武蔵坊弁慶といったところであろうか。その細い身体でも支えられるよう、銃器の位置はきちんと配分がなされていた。戦闘服の右肩が朱に染まっていたが、彼の疾走に揺らぎは見えない。

 弾痕が生々しいビルの壁面。正五郎も幼年を過ごした学校は砲撃を受けたのかガラスが残っておらず、その半分が崩れ、廃墟と化していた。クレーターが月面を思わせるグラウンドには、護国連盟の自走砲が事切れていた。ここでの戦闘はとっくの昔に終結したのだろう。炎も煙もすでに収まっており、人の気配はなかった。街を一時にして荒廃させる戦闘――

 彼はこのひどく悩ましい空気を求めて、ここ神都〝天京〟に舞い戻ってきた。正五郎とその旗下五番隊の面々は〝刀神〟、椒四郎政宗さんしょうしろうまさむねの四番隊とともに、一週間前より治安維持任務で地方に赴いていた。その矢先にこの叛乱の報を聞き、とんぼ返りをしてきたのが昨日のことで、正五郎は北の切通しでの戦闘を四郎政宗に一任し、市街へと突入した。

 だが正五郎は故郷が様変わりしていようとも、なんの感慨も抱かなかった。そんなものを感じている暇があるならば、正五郎はその嗅覚で獲物を探す。そして彼の嗅覚は敏感に獲物の、それもおそらく彼よりも強い相手の〝におい〟を感じとっていた。

 先頭を走っていた正五郎が片手をあげ、分隊の疾走が止まる。立ち止まった目の前は、丁路地。正面には廃ビルが並んでいる。

 この先に強いやつがいる――正五郎はそう確信した。右手を振り、部下を眼前の廃ビルに突入させる。同時に四方八方から銃撃が始まった。訓練された組織的な銃撃だった。やはり、敵が潜んでいたようだ。

 正五郎はほくそえみ、鉄色をした拳大の真球を取り出す。そう、それは鉄晶核――オーガナイザーがオーガナイザーたるための能力の証。鉄晶核を握りしめ、正五郎は己が思考の具現を目指し、誘導を行う。すると、鉄晶核を構成している金属分子間の配列が変化する――分化が始まった。

 正五郎の猫背気味の背中に、二対の多節腕が忽然とその形を成した。体重とのバランスを考えてか、その多節腕は細く長くしなやかで、機械的でありながらそれでいてどこか有機的でもあった。

 ちきちきとその節が鳴っている。昆虫の鳴き声を思わせる音が響く。正五郎の意識に呼応して、興奮していた。

 正五郎が一歩目を踏み出す、と同時に銀色に輝く多節腕はなめらかに起動し、上腕部、腰部、脚部にマウントしてあった携帯火器を次々に取り外し構える、と同時に正五郎が二歩目を踏み出して、そこから疾走にうつった。

 銃弾降り注ぐ廃ビル内に突入。

 状況を睥睨しながら、とりあえず第一右腕(生身の腕は数に含まない)のサブマシンガンと、第一左腕と第二左腕で小脇に抱えた対装甲散弾砲をぶっ放す。対装甲散弾砲の粒弾で遮蔽物を砕き、その隙間目がけてSMGの9㎜パラベラム弾を叩きこむ。

 正五郎は踊るようにくるくる回りながら、ぶっ放していった。銃声にまぎれて、彼の哄笑は彼自身にしか聞こえない。

 撃ち切ったSMGと対装甲散弾砲を投げ捨て、彼は第一右腕のみで、四角い箱を模した小型のミサイルポッドを担いだ。

 爆煙と轟音が収まれば、廃ビルの中に立っているのは正五郎だけであった。そこに横たわっていたのは敵味方関係ない、血まみれの死体、死体、死体……命中精度の低いSMGで、これだけの死体を作り出す。これが正五郎をして〝銃神〟となすゆえんか。

 正五郎がのどを鳴らす。獣のようだ。血の匂いに酔ったのか折れそうなほどに身体をかがめ、四肢をたわませ顔を歪める。強烈な〝におい〟の本流は消えていない。正五郎は油断なく嗅覚を研ぎ澄ました。

〝におい〟が動いた――生身の腕で、肩のホルダーからコンバットナイフを引き抜き、正五郎は振り向きざま虚空へと突きたてた。

 くぐもった悲鳴があがり、そこにあった闇がこり固まって、人の姿となった。額にコンバットナイフを突きたてられたままのそれを、正五郎は第一左腕でつかんで放り投げ、第二右腕のアサルトライフルでぼろきれにした。貫通性を抑えることで殺傷力を高めたその突撃銃は、皇師正式採用のものを、正五郎が独自にカスタマイズしたものであり、彼にはその無骨な反動がひどく心地よかった。

 血風が舞い、一拍おいて、どちゃどちゃという水気を含んだ音があたりに響いた。

 光学迷彩で姿を隠し、近づいてきたのだろう。だが、〝におい〟の本流はこいつではなかった。たしかになかなか癖のある〝におい〟ではあった。しかしこいつではなかった。

(どこだ。どこにいる――)

 背筋が粟立つ感覚。

 来た――正五郎の物足りなさからくる飢えの形相が一変して、凄絶な笑みとなった。身体中の毛穴が開き、総毛立つ感覚。〝におい〟で鼻がつぶれそうだ。

(こいつだ――オレはこいつを待っていたんだ――)

 興奮におののく、多節腕。

(どこだ――どこにいる!?)

 正五郎は身体の力を抜き、待った。だが、待つまでもなかった。それはいつのまにか、正五郎の目の前にたたずんでいた。

 白い幽鬼――〝英雄〟井乃原まもる。

(なぜ気がつかなかった――)

 思うと同時に早射ち――腰部から自動小銃を生身の腕で引き抜き、引き金を――そこに井乃原まもるはいなかった。 まばたきの数瞬で、白い幽鬼は消えうせた。

 久しく感じていなかった恐怖が、正五郎の身体を席巻する。ここにいてはならないと、危機に従順な身体が悲鳴をあげている。それでも嗅覚は〝におい〟を追っていた。

(後ろ――)

 どっ、と振り向く瞬間、身体の内側から鈍い衝撃がわきあがってきた。狙いを失った銃口がゆらりとかしいだ。気がつけば正五郎の身体もゆっくりとかしいでいた。

 胸の、それも心臓のあたりから白金の穂先が突き出ていた。穂先からは雫がしたたりおちていた。コンクリートの地面に赤い染みが広がっていく。

 穂先が乱暴に引き抜かれ、その衝撃で正五郎が引き金を引いた。銃口炎の閃光が、正五郎のぼやけた視界にはひどくかがやいて見えた。

「く、っそ」

 どう、と背中から倒れこみ、正五郎は動かなくなった。多節腕はしゅるしゅるとその形を解き、鉄色の真球へと、その形を変化させた。

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