4

 対爆隔壁をかねている扉が、来客を告げている。おそらく伝令か。

「入りなさい」

「失礼します」

 告げて、敬礼したのは枯れ木であった。ダークスーツで極端に細い身体を包み、髪の毛は雪をかぶったように真っ白で、敬礼したその姿は今にも折れそうだった。外見は辺境の極寒地で見られる樹氷そのもの。その男、名を山内清男やまのうちすがおといって、齢五十はとうにすぎており三波の部下の中でも最古参のひとりである。

 こちらの返礼を待って、律儀にたたずむ彼の姿は、枯れ木というよりむしろ山の存在感。それに似たものを発している。三波はぼんやりとした温かさを感じた。だがそれにとらわれているわけにはいかない。

 三波は返礼し、休め、と命じる。

「なにか?」

「井乃原まもるが再度、進軍してまいりました」

「――――。四番隊、五番隊は?」

「北の切通しで足止めされ、いまだ〝天京〟へと帰還することができておりません」

 四番隊、五番隊の隊長には数冠者の中でも白兵戦や近接戦闘、銃火器の使用に特に秀でた武闘派がその任についていた。残りの戦力で井乃原まもるに対抗できるのは、彼らの部隊しかなかった。

「なお、報告によれば四番隊、五番隊を足止めしている部隊の中に、兵八様がおられる模様です」

「――――。まだ……、まだ生きていたのね」

 三波はため息をつくのをすんで止め、上官の顔を貼りつかせて、

「わかった。では私が猊下にお話しして、ご英断を仰ぎます」

「申し訳ありません」

 礼をして立ち去ろうとする山内。

 その時、部屋に妙に軽い調子の声が響いた。

「私がいるじゃない」

 信じられないものを見た、という顔で三波はまじまじと一士の顔を見つめた。

「あなたが? なにを言っているの!? あなたは戦うのが嫌で、特例で隊の指揮権を放棄させてもらっているのに――こんなときにまで冗談を言う気なの!?」

 三波と一士の視線がかちあった。

 沈黙。

「――いや、まぁ仕方ないでしょ? 四郎シロー五郎ゴローを待ってる余裕はないみたいだし、なら私が出るしかないじゃない。――まぁ二盛も連れてくことになるだろうけどさ」

 へらへらとしていて、まったくもって説得力に欠ける。笑っている彼女に三波は眉をひそめた。

「だいじょーぶ、だいじょーぶ、死にゃあしないって」

 一士が厄介なことを言い出した。三波は頭を抱えたくなった。

 一士の本来の仕事は、主上の跡目を継ぐことにある。彼女は主上と同等か、それ以上の〝天眼〟というオーガナイザーの中でも稀有な能力を持っていた。民間の中から彼女が見いだされ、この街にやってきたのは今から十五年前。箔づけのために柄沢家に養子に入り、数冠者としての「一士」という名を賜って現在にいたっている。彼女は、〝天京〟の次期領主とならなければならない人物だ。

 そんな人物がやすやすと戦場に出るなどと――一士の無自覚ぶりに(今に始まったことではないのだが)三波は怒りを通り越してあきれていた。しかし今回はまずい。死ぬかもしれない。お忍びで諸国を漫遊するのとは、わけが違うのだ。

「いい一士? あなたは――」

「よいではありませんか、三波様」

 三波は悲鳴をあげそうになった。

「僭越ながらわたくしにも一士様がご出陣なされる以外に、この苦境を脱せられる方法が思い浮かびませぬ」

「そうそうその通りよ」 

「なにより一士様は〝四つの対なる神〟に選ばれ、なおかつ〝天眼〟をお持ちになっておられます。万にひとつ、敗北なされることなどありますまい」

「山内!? そんな、あなたまでなにを言い出すの!? そんなこと許されるわけがないでしょ!」 

「ほら山内もそう言ってるんだしぃ、ね、いいでしょ?」

「私はただただ客観的に意見を述べさせていただいたまでです。判断なされるのは、総司令であられる三波様、ただおひとり」

 一士はおろか山内にまで見つめられ、三波は軽いパニックになる。そんな状況でも、頭の片隅の冷静な部分がほかに手段のないことを、一士が出撃しなければ〝天京〟が余命いくばくもないことを理解していた。おそらく主上に判断を仰いだとしても、きっと三波も同じような上申を行うだろう。だが――三波はどうにも気が進まなかった。あの一士に、遊んでばかりで、なんの自覚もない一士に〝天京〟の未来を任せてもよいものなのだろうか――

 しかし三波は知っていた。その根拠となるものは彼女の心情のみであり、客観的でないことを三波は知っていた。またため息がでそうになる。だが部下の手前だ。三波は不承不承といった感じでうなずいてみせた。

「……一士、本当に――本当にいいのね?」

「さっきからそう言ってるんだけどぉ、私は」

「わかりました」

 三波は覚悟を決めた。その覚悟とは、一士にこの〝天京〟の未来を委ねることだ。

「柄沢一士、あなたに出撃を命じます」

「謹んで拝命いたす」

 妙に芝居がかった口調で三波の命令を、一士は受けた。

「では私は準備に参ります。失礼」

 二人を遠巻きにしていた山内が急ぎ足で書類のあいだを抜け、部屋を出ていく。それを見送って一士がぼそりとつぶやいた。

「でもね三波。私達オーガナイザーは常に戦う理由を、鉄晶核に刻んでいかなければならないのよ」

「え? 一士?」

「ううんなんでもない」

 一士の妙に愁傷な態度にいぶかしげなものを感じたが、三波がそれ告げる前に一士は執務室から出て行った。

「いったいなんなのかしら……」

 ぼんやりとつぶやいた言葉は虚空に飲み込まれた。

 気がつけば、部屋には三波がひとりで残されていた。一士がいなくなった。ただそれだけのことで部屋が広くなった。

「なんなの……かしら」

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