4
対爆隔壁をかねている扉が、来客を告げている。おそらく伝令か。
「入りなさい」
「失礼します」
告げて、敬礼したのは枯れ木であった。ダークスーツで極端に細い身体を包み、髪の毛は雪をかぶったように真っ白で、敬礼したその姿は今にも折れそうだった。外見は辺境の極寒地で見られる樹氷そのもの。その男、名を
こちらの返礼を待って、律儀にたたずむ彼の姿は、枯れ木というよりむしろ山の存在感。それに似たものを発している。三波はぼんやりとした温かさを感じた。だがそれにとらわれているわけにはいかない。
三波は返礼し、休め、と命じる。
「なにか?」
「井乃原まもるが再度、進軍してまいりました」
「――――。四番隊、五番隊は?」
「北の切通しで足止めされ、いまだ〝天京〟へと帰還することができておりません」
四番隊、五番隊の隊長には数冠者の中でも白兵戦や近接戦闘、銃火器の使用に特に秀でた武闘派がその任についていた。残りの戦力で井乃原まもるに対抗できるのは、彼らの部隊しかなかった。
「なお、報告によれば四番隊、五番隊を足止めしている部隊の中に、兵八様がおられる模様です」
「――――。まだ……、まだ生きていたのね」
三波はため息をつくのをすんで止め、上官の顔を貼りつかせて、
「わかった。では私が猊下にお話しして、ご英断を仰ぎます」
「申し訳ありません」
礼をして立ち去ろうとする山内。
その時、部屋に妙に軽い調子の声が響いた。
「私がいるじゃない」
信じられないものを見た、という顔で三波はまじまじと一士の顔を見つめた。
「あなたが? なにを言っているの!? あなたは戦うのが嫌で、特例で隊の指揮権を放棄させてもらっているのに――こんなときにまで冗談を言う気なの!?」
三波と一士の視線がかちあった。
沈黙。
「――いや、まぁ仕方ないでしょ?
へらへらとしていて、まったくもって説得力に欠ける。笑っている彼女に三波は眉をひそめた。
「だいじょーぶ、だいじょーぶ、死にゃあしないって」
一士が厄介なことを言い出した。三波は頭を抱えたくなった。
一士の本来の仕事は、主上の跡目を継ぐことにある。彼女は主上と同等か、それ以上の〝天眼〟というオーガナイザーの中でも稀有な能力を持っていた。民間の中から彼女が見いだされ、この街にやってきたのは今から十五年前。箔づけのために柄沢家に養子に入り、数冠者としての「一士」という名を賜って現在にいたっている。彼女は、〝天京〟の次期領主とならなければならない人物だ。
そんな人物がやすやすと戦場に出るなどと――一士の無自覚ぶりに(今に始まったことではないのだが)三波は怒りを通り越してあきれていた。しかし今回はまずい。死ぬかもしれない。お忍びで諸国を漫遊するのとは、わけが違うのだ。
「いい一士? あなたは――」
「よいではありませんか、三波様」
三波は悲鳴をあげそうになった。
「僭越ながらわたくしにも一士様がご出陣なされる以外に、この苦境を脱せられる方法が思い浮かびませぬ」
「そうそうその通りよ」
「なにより一士様は〝四つの対なる神〟に選ばれ、なおかつ〝天眼〟をお持ちになっておられます。万にひとつ、敗北なされることなどありますまい」
「山内!? そんな、あなたまでなにを言い出すの!? そんなこと許されるわけがないでしょ!」
「ほら山内もそう言ってるんだしぃ、ね、いいでしょ?」
「私はただただ客観的に意見を述べさせていただいたまでです。判断なされるのは、総司令であられる三波様、ただおひとり」
一士はおろか山内にまで見つめられ、三波は軽いパニックになる。そんな状況でも、頭の片隅の冷静な部分がほかに手段のないことを、一士が出撃しなければ〝天京〟が余命いくばくもないことを理解していた。おそらく主上に判断を仰いだとしても、きっと三波も同じような上申を行うだろう。だが――三波はどうにも気が進まなかった。あの一士に、遊んでばかりで、なんの自覚もない一士に〝天京〟の未来を任せてもよいものなのだろうか――
しかし三波は知っていた。その根拠となるものは彼女の心情のみであり、客観的でないことを三波は知っていた。またため息がでそうになる。だが部下の手前だ。三波は不承不承といった感じでうなずいてみせた。
「……一士、本当に――本当にいいのね?」
「さっきからそう言ってるんだけどぉ、私は」
「わかりました」
三波は覚悟を決めた。その覚悟とは、一士にこの〝天京〟の未来を委ねることだ。
「柄沢一士、あなたに出撃を命じます」
「謹んで拝命いたす」
妙に芝居がかった口調で三波の命令を、一士は受けた。
「では私は準備に参ります。失礼」
二人を遠巻きにしていた山内が急ぎ足で書類のあいだを抜け、部屋を出ていく。それを見送って一士がぼそりとつぶやいた。
「でもね三波。私達オーガナイザーは常に戦う理由を、鉄晶核に刻んでいかなければならないのよ」
「え? 一士?」
「ううんなんでもない」
一士の妙に愁傷な態度にいぶかしげなものを感じたが、三波がそれ告げる前に一士は執務室から出て行った。
「いったいなんなのかしら……」
ぼんやりとつぶやいた言葉は虚空に飲み込まれた。
気がつけば、部屋には三波がひとりで残されていた。一士がいなくなった。ただそれだけのことで部屋が広くなった。
「なんなの……かしら」
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