第三章 忘れられた約束、女たちの戦い、戦争の終わり
1
なだらかな丘の頂上で、枝葉を広げた大木がざわざわと風にそよいでいた。剣戟と拳打の音が響く。名も知らない大木の根元――ふたりの少女がつかず離れず攻防をくり返していた。
二刀の木剣を繰るのは、年のころ十四、五歳の少女。髪の色は染めているのか明るい栗毛。色素の薄い、透きとおるような瞳。持つ二刀で相手の拳打を軽々といなしている。
対する無手の少女は、栗毛の少女よりも一、二歳上に見えた。このころの年の差は判然としないことのほうが多いのだが、彼女の黒瞳が持つ知性的な光がそう思わせたのだろうか。長い漆黒の髪をひっつめにし、しなやかに身体をあやつっている。ふたりともまだ発育途上ながら身体の線がはっきりする訓練服のおかげか、妙な色香があった。
栗毛の少女の名は、
黒髪の少女の名は、
彼女達は将来その名を、主上より下賜されることになる。
三波は焦っていた。だが、それを表情にするような愚行は犯さない。それでも彼女は、奥歯を噛み砕かんばかりに食いしばっていた。
踏み込めば間合いをはずし、間合いをはずせばさらに踏み込む。拳打の速度は加速し、それと同時に狙いの精度も上昇する。三波は正確に急所を突いており、イメージの中で何度も一士は死ぬ。
しかし、そのイメージが現実となることはない。一士に当たらない。ことごとくいなされ、勢いを殺され、一士に当たるとしても、それは三波が起こしたそよ風のみ。――いや、当たらなくて当然だった。一士には三波には持っていないものを持っている。それは努力や工夫といったものではどうにもならない。そのことを三波は知っていた。だが、三波はまだ若い。知っていてもそれを信じられない。自分にできないことはない。三波はそう思っていた。
三波の拳がいなされ、体勢が崩れる。その隙を一士は見逃さない。重く、それでいて鋭い衝撃が三波の背中をつらぬいた。いっそ心地よい感覚の中、三波の意識が飛ぶ――
――気がつけば、草地の上に三波は突っ伏していた。ざわざわと水気をふくんだ草の葉が鳴っている。見ればその中に一士が泰然とたたずんでいた。
虚脱と諦観。そのふたつが三波の体の中で渦巻き、出口を求めてうごめいていた。
(私は……どうあってもあなたには勝てないのね)
仰向けになる。
新緑を懐いっぱいに抱え込んだ大木が、三波を見おろしていた。風にその身を任せ、ゆれるそれは、吸い込まれそうなほど鮮明な緑だった。
不意に、視界がにじんだ。
「大丈夫、×××?」
一士が顔を覗きこんでくる。三波は見られたくない一心で、祈った。夢なら覚めてくれ、と。
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