6
――現在。
震えが、震えが止まらない。
音をたてずに、泳ぐことは難しい。隠密索敵の教練において、彼はいつもこの水泳が苦手だった。だが、今はその苦手な水泳が役に立っていた。できる限り大きな音をたてて、泳ぐ。別に速くなくてもいい。だが、音が重要なのだ。追っ手をひきつけるには。
歩道を歩いてもいい。だが、その目的を果たそうとすると、大きな音をたてて歩かなければならない。それでは露骨すぎるし、何より不自然だ。
爆発の間隙に、汚水の水面を叩く音。その間隙に響く、がちがちという音。
震えが、震えが止まらない。
それにしてもひどい泳ぎ方だった。手はクロールと平泳ぎの中間で、息継ぎをしようとすれば、足の動きが止まり、身体が沈む。汚水を飲ままいとして、顔をあげれば、手の動きまで止まってしまい、さらに身体が沈む。泳ぐのが苦手、というレベルではない。どう贔屓目に見ても、それは泳いでいるようには見えなかった。
汚水の中、彼は下水を奥へ奥へと這いずっていく。
突如、轟音が鳴り止んだ。
彼は泳ぐのを止める。闇の中、耳が痛くなるような静寂が訪れた。この静寂を、彼は知っていた。過去に経験していた。呼び戻された記憶が――
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録(無料)
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます