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 現在。

 目を閉じ、息を詰めれば、闇と同化するのはたやすい。

 彼がうずくまっているのは、地下の下水道――ただの下水道ではない。皇師が秘密裏に神都〝天京てんけい〟から出撃する際に用いる下水道で、高さと広さを兼ね備え、大型車輌をも持ち込める地下通路なのだ。五年前、彼が逐電する際に用いられたのも、ここだった。

 自らが作り出した闇に身を潜め、彼は耳をすました。

 雫の残響と、トラップの位置を知らせる話し声。反響がひどく、よく聴き取れない。

 だが、

(――囲まれてる)

 そのことだけはわかった。見つかるのは時間の問題のようだ。

 彼が隠れている闇の周囲には、原形を留めない死体がいくつも転がっていた。焦げた肉の臭い。爆発の振動はすでに収まっている。

 ワイヤーを目立たないように汚水に沈め、入り組む下水を利用した爆風連鎖チェーンバースト。だが、機甲猟兵も馬鹿ではない。二度も同じ罠に引っかかってはくれないだろう。

 爆発の余波で身動きできない身体。即席にしてはよくできたほうだが、炸薬が少し多すぎたようだ。慣れないことはすべきではない。やはり計算は、〝晴眼〟にしてもらったほうがよさそうだ。この次は気をつけなければ。

(次が、あるの?)

 胸中で嘆息し、さらに思考を巡らす。

〝晴眼〟は自分との約束を護ってくれるはずだ。なら、追っ手を自分に集中させ、できる限り時間を稼ぐしかない。できる、できないという問題ではない。やるしかないのだ。〝晴眼〟は必ず約束を――

 不意に閃光が弾け、轟音が彼の耳に届く前に、闇を吹き飛ばした。

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