7
「
ドンと、衝撃が九音の腹をつらぬいた。激痛に意識が覚醒する。銃弾を防ぐインナーアーマーも、貫通する衝撃だけは防ぐことはできない。肋骨がきしんで呼吸ができない。溺れる。
「だから、おまえが現れたのには少し驚いた。死にに来たのか?」
もう一度、金棒が振り下ろされた。インナーアーマーが、衝撃に砕けた。自分でも驚くような苦悶の声が、長く長く喉からほとばしった。
「まぁどうでもいい。私には関係ない」
横殴りに金棒。投げ出されて九音は橋の上を転がる。青竜は追いかける。九音は立ち上がろうとする。無理だった。駆け込んできた圧倒的な質量が九音を跳ね飛ばした。
気がつけば仰向けに倒れている。数瞬、気絶していたようだ。
「しぶといな」
自分でも驚いていた。だがその幸運もここで尽きるだろう。
上段に振りかぶった青竜が、金棒を振り下ろす。
来い、とつぶやいて九音は目をつむった。
頭がつぶされる。
一瞬よぎった想像に、九音は戦慄した。死ぬことが、恐い。まさかこの間隙に恐怖を伴うとは思っていなかった。
死はその辺に転がっているもので、親近感さえ自分は抱いていたはずだった。
――でもどうして。あたしは死ぬのが恐い。
「九音!」
ああ、あれは浅木少尉の声だ。部隊の中でも年が近いこともあって「教官」から「柄沢さん」へと呼び方が変わるのは、早かった。けれど「九音」に変わったのは出会ってからちょうど一年、この戦争の三日前のことだ。その時、浅木少尉は照れを隠そうとしてか、ずれてもいないメガネを何度も直しながら、それでもまっすぐ九音の目を見てこう言った。
『この戦争が終わったら、私と一緒に暮らしませんか』
九音は思い出した。
これは決闘なのだ。
形成者の決闘なのだ。
前時代的な名乗りをあげ、一対一で剣を交え、どんな内容であれ勝者の願いは必ず報われる、そういう決闘なのだ。
九音は思い出した。
自分の願いを。
あたしは妹を二度も殺した。だから、今度は、今度こそは守らなければならない。あたしは
そうだ、あたしはもうだれも殺さない。
そうだ、あたしはもうだれにも殺させない。
ごめんね。
九音は妹に謝った。
あたしは生きるよ、生きていくよ。だからまだ、死ねない――――――――ごめんね、あかね。
カッと目を見開いて、九音は拳を突き上げた。その拳には
「輝け」
避けろ。身体の内側から湧きあがってくる言葉に、九音は全身の制御をゆだねた。
起きろ。上半身のバネを使って、跳ね起きた。
金棒が目標から外れて着弾。木片が舞う。視力の戻った視界の隅をゆっくりと落下していく。
走れ。立つことがやっとの両足に、
回り込め。疾風と化して九音は、振り下ろした格好の青竜、その背後へ。
殺せ。真っ黒な針を
ふざけるな。
九音は衝動を強引にねじ伏せた。
ノールックで横なぎに振るわれた金棒を、九音はバックステップでかわした。
九音に向き直った青竜は金棒を肩に預けて、言った。
「今日の中で、一番速かったのではないか」
九音には、そんなことはどうでもよかった。
「しかし本当にしぶといな。さすがは元
九音はふるふると首を振ると、言った。
「青竜殿、もう、もうやめにしよう。勝負はついている」
「ほう、負けを認めると、柄沢九音はそう言っているのだな」
「違う。貴殿が負けを認めるのだ」
「おかしなことを、満身創痍なのはむしろおまえの方だろう」
「そういう意味ではない」
「では、どういう意味なのだ」
九音が視線を青竜に向こう側へと送った。青竜は油断なく半身になり、視線だけで背後をうかがった。
視線の先には、門前に並んだ皇師、そこへと通じる橋。橋の上にはふたつの大きな穴が穿たれており、その周辺には無数の真っ黒な針が散らばっていた。
青竜は視線を九音の手元へ。膨大な数の針を生やした鉄晶核が、九音の手には握られていた。
「どういう意味なのだ?」
「……青竜殿お願いだ、負けを認めてくれ」
「私はあいつらの首領だ。部下のてまえ、それはできん。決闘を終わらせたかったら、私を殺すしかない」
そう言って青竜は、肩の金棒を上段に構えた。一歩の踏み込みで間合いに入ってきた。今日の中で、一番速かった。
九音は鉄晶核を掲げた。橋の上に散らばっている真っ黒な針が身震いして月光を反射した。
針が一斉に、青竜へと殺到した。青竜は流域を使う暇もなかった。針に全身をつらぬかれ、青竜は倒れた。
九音は長い針を誘導して、青竜に近づいた。〝
「遠隔操作だったわけか」
青竜の言葉に九音はうなずいた。形成者が誘導したものの存在は、主の意思ありきだ。主が意識を失えば往々にして分化は解け、鉄晶核に戻ってしまう。しかしもちろんそれを免れるケースもある。それが操作用の鉄晶核を手元に残して誘導する、遠隔操作タイプの形成者だった。
「だが、おまえには殺せまい」
青竜は嘲笑った。
九音は突き刺した。心臓の少し下の位置を狙って、針を突き刺した。神経毒が許容量を超えて(オーバードーズ)、青竜は一撃で昏倒した。気絶した。
「違うよ」
九音は青竜から離れた。
「殺さないんだ」
ふりかえって橋向こう、九音は叫ぶ。
「勝負はついた、兵を退け!」
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