4

 遷皇暦せんおうれき五十一年、秋、「神の宮土」という名前を冠された独立自治都市〝天京てんけい〟は、戦禍にさらされようとしていた。

 遷皇暦五十年、初夏、ことの発端は〝天京〟から発せられた奇妙な勅令だった。

「若年ノ形成者ヲ確保セシメ、適切ナ矯正ヲ行ナウニヨッテ、凶悪ナル犯罪ヲ未然ニ防グモノトスル」

 形成者オーガナイザー狩り――各地方を分割守護する戦闘豪族はこの前時代的な勅令の意図を読みきれず、混乱した。確かに若い形成者が起こす事件には、目を覆いたくなるような悲惨で、凶悪なものが多々あった。しかしそれはきちんとした能力の使い方を知らない、技術不足から起きる暴走バーストと呼ばれる現象によるものがほとんどだった。遷皇暦十五年に行なわれた教育改革によって義務教育の中に形成者への戦技教育がくみ込まれ、現在では数年に一度起こるか起こらないか、というレベルにまで抑えられている。むしろ普通人によって起こされる犯罪の方が、その件数から見れば圧倒的に多かった。

 しかし、この勅令を愚直にも中央政府は実行した。まず領内の〝東京とうきょう〟で形成者狩りが始まった。官憲による摘発は、失われていたはずの形成者への偏見を再燃させるには充分だった。この年の冬には、当初の目的とは異なる、弾圧という名の形成者狩りが始まった。普通人による圧倒的多勢によるリンチが、徹底的に行なわれた。形成者とて鉄晶核コアを持っていなければ、その能力を発揮することができない。街中には見せしめとしてぼろ雑巾のような死体がさらされた。カラスが群がるその死体の中には形成者だけでなく、間違われた普通人も混じっていた。「……ええ、ここで新しいニュースです。先ほどの映像について市民の方からの情報なんですが、――形成者が普通人を身代わりにしたという情報が入ってきました。これがもし真実なら赦されない事態ですね……」

 これを口火に噂はすぐに広まった。テレビがその模様を報道すると、形成者狩りは一気に列島全土へと飛び火した。この飛び火の影には、地に潜っていたはずの形成者排斥組織〝EGO〟の手引きが明白だった。形成者狩りは五十年の秋から翌年の三月までの間に列島を席巻し、確認されただけで述べ三百人の形成者が殺害され、それと同数の行方不明者がでた。行方不明者は〝天京〟へ連行されたものと考えられた。

 筑前と長門の地方守護家はこの状況を憂慮し、遷皇暦五十一年、春、〝英雄マスラヲ〟井乃原まもるを盟主として筑長護国連盟を立ち上げた。治安維持、警察機構の建て直し、〝EGO〟の殲滅、〝東京〟・〝天京〟の鎮圧、およびその解放を目的に、護国軍は各地へ破竹の勢いで進攻した。残すは〝天京〟のみとなった五十一年の秋、護国軍は五連隊十万人を動員して、〝天京〟へと進軍した。

 そして柄沢九音は一兵卒として、作戦に参加していた。

 九音は、形成者狩りが始まった五十年の冬に、地位も名誉も仲間も捨てて〝天京〟から逐電した。身をよせたのは〝西京さいきょう〟。列島の最西端に位置し、長門の守護家が治めている交易都市だった。九音は都市の外縁、入都許可のおりない難民や貧困層が形成したスラムに住まいを構え、潜んでいた。

 そして長門の守護家はどこから嗅ぎつけたのか、九音を見つけ出した。数冠者ナンバーズに名を連ねた九音に新造部隊の教官をお願いしたい、と依頼してきた。九音は迷わなかった。護国軍の目的は知っていた。教官なら戦闘に参加する必要もないだろうと、淡い期待も抱いていた。

 しかし九音の期待はあっさりと裏切られ、彼女は今、戦場にいる。護国軍の一将校として隊を率い、〝天京〟へと進攻していた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る