3
浅木少尉が悲鳴をあげた。今度は怒鳴らなかった。静かに状況を確認して
キナ臭い風にひっつめにした黒髪をゆらし、九音は目前の光景を睥睨する。
瓦葺きの屋根に、夜目にも色鮮やかな朱塗りの門。門前には環濠の意味を持たされた大きな河が流れ、大型車輌が二台並んでも簡単に通過できそうな、大きなアーチ型の橋が架かっていた。こちらも、朱塗りだった。〝
九音は視線を左右に走らせ、抜き放ったナイフをひとりの皇師につきつけて、叫んだ。
「貴殿がここの隊長か。あたしは、筑長護国連盟・第四連隊第五機甲中隊、柄沢九音大尉。貴殿に決闘を申し込む」
一瞬、皇師が揺らいだ。整然と並んだ皇師にさざなみが広がった。そのさざなみは本当に小さなものだったが、九音は見逃さなかった。
「貴殿が勝てば、あたしの首を差し出そう。裏切り者の、
一歩、皇師が前に出た。九音にナイフを突きつけられた皇師だった。重装備を物ともしない、なめらかな動き。ナイトゴーグルとフェイスベールを外したその下から、禿頭が覗いた。年齢はわからない。わかってもわからなくても、大した違いはなかった。問題なのは男の纏う、揺らぎのないまっすぐな空気。その空気をするどい視線に乗せ、男は言った。
「柄沢、九音。確かにそう言ったな。〝
九音も歩き出そうとした。その時だった。
「待って下さい、隊長!」
装甲車から浅木少尉が転がるように出てきた。ケプラー製のヘルメットに黒ぶちの眼鏡をかけた若い男。慌ててかけよってくる。振り向きざまに九音はロングコートの留め金を外して、彼に押し付けてやった。それで彼の言葉を封じる。それでも、眼鏡の奥の泣き出しそうな瞳を見つけると、九音は笑ってみせた。ここは任せろ、と。
浅木少尉の返事を待たず、九音は橋へと向き直る。男は腕を組んで待っている。空手だ。そこから導き出される解答はひとつ。男は
男が怒鳴った。
「皇師〝天京〟四方守護方がひとり、〝
九音は、ずんずんずんと無造作に間合いを詰めていく。吐く息と同時に、叫んだ。
「護国志士がひとり、〝毒蜂〟柄沢九音。お相手、仕る!」
空には丸く明るく、黄色い月が浮かんでいる。橋の下を流れる水面には、ふたつの影が映っている。静止した大きな影へ向かって、小さな影が駆け出して行く。
音が消えた。空気が冷え込んで水面が凍りつき、月の光りがいっそう増して―――――――影が交差した。
衝撃で、水面がばらばらに砕け散った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます