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ここねが初めて人を殺したのは、十三の冬だった。白い息を吐くたび、それがそのまま身を凍らせる風となって襲ってくる。そんな冬の夜だった。雲ひとつない夜空を見上げ、憎らしいほど悠然と輝く満月を確認して、ここねは理解した。
まずい。
長い野暮らしの経験から、ここねは知っていた。こういう晴れ方の空が夜通し続けば、翌朝、足音もたてずに忍び寄った冷え込みが寝首をかきにくる。ここねは知っていた。そいつが自分に対してひどく無関心なことを。宿場で物乞いをしている時の、通行人の視線よりも無関心なはずだ。
しかしここねにはどうすることもできなかった。
ここねと妹の周囲には根雪の壁がそそりたち、昨日から降りつづけている粉雪は身体にまとわりついて体温を奪っていく。ましてや三日も歩き詰めのここねにはもう、妹を担いで移動する体力は残されてはいなかった。
「おねえちゃん」妹は言葉を続けられなかった。音はまとまりを持つことはなかった。
ここねは頬をよせ、その冷たさに心臓が止まるような思いをする。
「だめだよ、そんな格好じゃあ……」
妹は仕方がないなぁといった調子でほほを膨らませようとした。しかしここねには、顔を歪ませたようにしか見えなかった。
思わず妹をあらん限りの力で抱きしめた。妹のきめの細かい肌は蒼白で、厚い防寒服に包まれた身体はぶくぶくと着膨れしている。だけど本当はもっと線が細くて、なにかにつけて乱暴で粗野な自分とは違ってやわらかい笑顔の似合う、とてもやさしい子なのだ。だから自分が妹を守らなければならなない。妹を守れるのは自分しかいない。
ここねはそう思っていた。
そして――自分にとって当然であったその矜持を、やすやすと打ち砕いたのもまた彼女自身だった。
翌朝、ここねが目を覚ますと隣の線の細い妹が、冷たくなっていた。
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