ナンバーズ・ストーリー

川口健伍

第一章 刺す女、倒れる男、丸い月

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第一章 刺す女、倒れる男、丸い月


 管制官オペレーターの甲高い悲鳴が、装甲車ハンヴィーの中ではじけた。

 柄沢からさわ九音ここねはわめき散らす通信素子を一喝して黙らせると、状況を確認した。

「浅木少尉、どうした?」

「前方に動く人影が!」

「数は?」

「六……いや、八です! 初期出動の偵察部隊かと思われます」

「全隊停止! あたしが出る」

「しかし隊長、〝天京てんけい〟はまだです。ここは」

「今、発見されると全軍の作戦に支障をきたす。見つかるわけにはいかない。あたしが指示をよこすまで、現状を維持」

 そう命令して九音は装甲車から降り立った。あたたかい排気煙にむっと顔をしかめ、九音は前方をあおいだ。明るい夜空、赤茶けた荒野、砂まじりの街道、六台の装甲車。九音がいるのはその最後尾だ。姿勢を落とす。駆けだす。まとっているロングコートがはためく。気配を絶って、うすい闇と同化する。肌に、荒野の風が突き刺さる。

 対象に接近。目標が目視距離に入ると、九音は急激に速度を落とした。数は――七に修正。強襲偵察部隊独特の、一列に並んだタクティカルフォーメーション。どことなく動きがぎこちない。間に合わせの、急ごしらえの部隊なのかもしれない。九音はゆっくりと迂回して、列の最後尾に回りこむ。

 一人目は背後に忍び寄って、首筋を打ちすえて昏倒させた。

 倒れる物音で一斉に、全員の注意がそちらを向いた。しかしそこには九音はいない。すでに移動して、もっとも近い対象の死角に回りこんでいた。手刀を首筋に叩きこむ。二人目。彼(もしくは彼女、顔はフェイスベールで覆われていて男女の区別はつかない)が抱えていたサブマシンガンが暴発する。ぱぱぱ、とマズルフラッシュがまたたく。見向きもせずに、九音は三人目に襲いかかる。抜き手を水月――肋骨の境目に突き刺した。カエルのつぶれたようなうめき声が、九音の頭上から降ってくる。と同時に九音は、自分が残りの四人から照準ポイントされていることを理解した。殺意。なんど戦場に立とうとも慣れることなどない、殺意。

 三人目の襟首をつかんで、引きずり倒す。瞬時にその場を跳びずさり、一拍遅れて九音がいた空間を銃火がないだ。三人目はおそらく知らないだろう。自分が九音に助けられたことを。

 九音は距離をとった。ここまでで一分。深層意識に刷り込まれた体内時計が、そう告げていた。上出来だった。

 そしてここでようやく残りの四人は、自分達が闘っていた相手を視認する。

 九音は背が低かった。細い身体を黒色のロングコートで包んで、両手は無造作にポケットにつっ込んでいた。四つの銃口は油断なく九音を照準ポイントしており、しかし九音の口元には笑みが浮かんでいた。酷薄な笑いだった。

「どこの部隊だ? 我々を皇師おうしと知っての狼藉か!」

 誰何を無視して、九音はゆっくりとロングコートのポケットから、手を出した。その手には鉄晶核コアが握られていた。鉄色をした、球体。泥で汚れたテニスボールのようにも見える。だが、四人は露骨に動揺した。

「貴様、形成者オーガナイザー!」

 叫ぶだけで、なにもしない。戦闘に、殺し合いに、戦争に、まったく慣れていない。普通人、それもまだ新兵だ。

九音は鉄晶核を誘導リード。主の意思に応えて鉄晶核が分化スペシャライズした――テニスボールから、膨大な数の真っ黒な針がずくずくと突き出た。ウニのようだった。九音は無造作に一歩踏み出し、真っ黒な針を自分の眼前にかかげる。

 そして――――ウニがはじけた。

 真っ黒な針が、四人に殺到した。

 人型のウニが、四つできた。月夜の中で、そこだけがくっきりと黒かった。

 次の瞬間、勝負はついていた。

 四つの人型は、荒野のざらざらとした乾いた地面に倒れていた。

 九音は四人が昏倒しているのを確認してひとつうなずいた。すかさず鉄晶核を誘導、真っ黒な針を鉄晶核から引き抜いて、ふり向きざまに。刺さった場所は、心臓の少し下の位置。艶消しのナイフを取り落として、八人目はすぐさま昏倒した。

 九音は襟元の通信素子に口を寄せると、言った。

「状況終了。回収を頼む。浅木少尉、八人目がどこに隠れていたかわかるか?」

「解析では、光学迷彩の反応が検出されました。隊長のすぐそばでタイミングをうかがっていたものと思われます」

「つまり、我々の存在は〝天京〟側に、皇師に関知されたと考えたほうがいいな……。わかった、回収のち、最大戦速で〝天京〟へと向かう」

「了解。――あ、隊長、回収ってもしかして捕虜ですか?」

「そうだ、皇師の強襲偵察部隊八名は気を失っているだけだ。放っておくことはできない」

「え、でも、まだ我々はこれから大規模な戦闘を控えているんですよ。余分な労力を払えるんですか?」

「〝天京〟の本隊との戦闘中に、回復した彼らが背中を狙ってこないという保証が、あたしにはできない。輸送車輌トーラスにはまだ空きがあったはずだ。拘束して転がしておけばいい」

「……わかりました。では回収に向かいます」

 ふう、と九音は息をはいて、空をあおいだ。うすい雲が月にかかっている。今日は鉄晶核コアとの感度チャンネルがいい。誘導リードの伝達も、分化スペシャライズの速度も、なによりも身体を満たす充実感が違う。九音はまだ十八歳で体力的なピークはまだまだ先であろうが、形成者オーガナイザーとしてのピークはもしかしたら今日なのかもしれない。形成者の月光下における能力上昇現象は比較的最近の研究で立証されたのだがそれを抜きにしても、九音の今日のキレは自分でも驚くほどであった。その理由を九音はなんとなくではあったが、理解していた。なるほどそういうものなのかもしれない――と納得もしていた。

 砂埃をまきあげて、装甲車の列が近づいてきた。

 先頭車輌、浅木少尉が十五ミリ機関砲の砲手を押しのけて、銃座から身を乗りだして大きく手を振っていた。

「大げさだよ」

 九音はそうつぶやいて、手をふり返すかどうか少し迷った。

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