MISSION 19「陽光にワカバが駆ける」

―――― 3/24 14:24 東京都 「B.A.P.C BALLET ANT」――――



 「すいません! 遅れました!」



 黒く塗りあげられた車両に乗り込んだトオルコ。全身を紺色の戦闘服で身を包み、その手にはエアガンの入った、長方形のガンケースが握られていた。



 後部車両に座る二人の男、青と白。助手席と運転席に座った二つの茶色が、窓からトオルコを覗いていた。


 既に装備を身につけたコウが一瞥し、運転席に指示を出す。



 「よし、全員乗ったな? トキワ! 出してくれ!」


 「了解! 行きます!」



 車両が発進する。見慣れた坂を下る黒い戦闘車両、その車内に乗った六人の隊員達はそれぞれ愛銃の立ち上げを行っていた。



 「……銃口にカバーがあることを確認する。セレクターがセーフティを指していることを確認し、バッテリーを差し込む。端子があっているかを確認して……」


 「どうだ? できたか?」


 「はい……確認お願いします」



 一通りセッティングを終えた備品のエアガンをコウに手渡す。コウはエアガンのあちこちを触る。


 銃口を下に向けたまま、ストックを肩にあてエアガンを構える。トリガーに指がかかっていないことと、セーフティがかかっていることを確認する。

 最後にホロサイトスコープを覗き込む。僅かに照準の調整ネジを触り、確認を終えた。



 「うん、問題ない。上出来だ」


 「あ……ありがとう」



 ございます、と言いかけたところで屋上の約束を思い出し、口を閉じた。



 「着付けも問題なさそうだな……サイズはどうだ?」


 「上半身がやや余りますが……問題ありません」




 トオルコは自身の隊服を眺め、余り気味の二の腕をつまんで見せた。揺れる車内で各々が愛銃の整備をしていた。


 例によって、クロイとシロミネは何か口論しているようだったが、見ないことにする。




 「ふむ……やっぱりオーダーメイドだな。近いうちに専用の装備をそろえよう」


 「ありがとう……ございます」




 なんとなく、今回は「ございます」をつけて口を閉じる。トキワが使っていない戦闘服を貸してもらったトオルコ。ボトムスは丁度だったが、トップスのサイズ感が気になる。



 「トオルコちゃん! 今日が初出動だね! 緊張してない? 緊張してるときは掌に『人』の字を書いて舐めるといいらしいよ! ヒトの反復行動による意識の変化に効果あるらしくて……!」




 「こ・お・ら! そうやってまくし立てないの! 余計緊張するでしょう!」




 こちらも例によって、いつも通りのスタイルだ。どこかで拾ってきた知識を曲解して披露する危なげな好奇心の権化と、それにヒトとしての道を叩きこむ指導者。というより母のような立ち位置のオペレーター。



 とはいっても……緊張はある。なんせ初の出動だ。



 車窓から、何でもない街の風景を眺める。この数キロ先でバルーンがヒトを喰らっているとは知らないのだろう。この街を歩いている人々も、当たり前のように明日が来ると思っているのだろう。



 それでも、私は知ってしまった。日常の薄弱さを、常に存在する死の存在を。



 ……こ……オル……コ



 「……トオルコ。大丈夫か?」




 「あっ……はい。大丈夫です」




 思考するよりも早く、口が反射で答えを述べていた。コウは向かいに座った席から、トオルコの灰の瞳を見つめていた。 



 「そうか……新宿支局からの情報がまとまったからブリーフィングをやるぞ」


 「わかりました。お願いします」



 その返答に胡乱な顔をみせるコウ。その蒼い瞳が僅かばかり鋭さを増したと、トオルコは本能的に知覚した。



 「キー、状況報告を。確か現場は浅沼川だったな」



 「はいさい! 丁度、渓流釣りの解禁日が明けましてヤマメがお目見えし始めた浅沼川です!」



 助手席から後部車両に体を向けて、タブレットの画面を堂々と見せつけるキー。黒いマフラーが開いた窓から流れる風にふわりと舞う。


 どうも任務中でもこのテンションは変わらないらしい。と黙考していたところ、運転席から冷ややかな目線。トキワの眼だった。


 暗い緑の眼はキーの黄眼を捉え、それを見たキーは小さくため息を吐き、助手席の車窓を閉めた。



 風に靡いていた黒いマフラーが、すとんと彼女の肩に落ちる。



 「通報があったのは1419時。川で釣りを楽しんでいた男性が第一発見者です。話によると、突然岩場から5、6体の緑の眼をした怪物が現れた、とのことです」



 突然、理知的な口調に差し変わるキー。まるで、何かのスイッチを入れたかのように錯覚させるほどの変化にトオルコは目を丸くした。



 トオルコの懐疑的な視線をものともせずに、報告を続けるアンドロイド。



 「警察は通報受理と同時に、東京支部にハンターの出動を要請。それを受け、1420時に新宿支局が緊急出動しました。しかし……」



 「それで、C型の展開力に手を焼いた結果、登録済みの『B.A.P.C』に緊急招集。それを受理したうちが今こうして向かってる……ってとこか」



 「さすがは隊長、聡明です。新宿支局の報告によれば、推定C型と思われる個体群で現在も増殖中。先ほどの連絡では、30体前後のヒトガタが確認されています。現時点でジープ級以上の大型は、確認されていません」



 ……私の前にいる人は誰なんだろう。ついさっきまでのおどけた調子が、まるで嘘のように鳴りを潜め、正確な情報を提供するアンドロイド。



 普段では極端ともいえるほどの表情の変化をみせるキーだが、今は僅かに微笑を浮かべているだけだった。



 口から発せられる機械音声と、暗い車内で淡い光を放つカメラアイが、私達とカノジョとでは明確に成り立ちが違うことを強調していた。



 霧がかった山のような、ささやかな不気味さを放つキー。トオルコはキーの瞳の奥、針で穴を開けたかのような小ささで、ほんのり淡く光る緑の瞳孔を見ていた。



 「よーし、さっさと終わらせてキーと新しい筐体冷却水でも買いに行こーかなー」



 「ほんと⁉ ちょうど気になる新色があったの! 行こ行こ絶対に行こ!」



 途端におちゃらけた口調で話すコウ。それに反応して通常のテンションに切り替わるキー。まるで人格をそっくり入れ替えたかのような、はっきりとした変貌を遂げていた。



 「隊長! 折角本気モードに入っていたのに!」



 それを運転席で見ていたトキワが青髪の男に食って掛かる。頭の動きに合わせて、車内の天井を彼女のお団子ヘアーが突いていた。



 それを見たコウは小さく笑う。目尻を鋭く切り詰め、後部車両の三人と目を合わせる。



 キーからタブレットを受け取り、画面を操作するコウ。画面の光に蒼い瞳が照らされている。



 いつの間にか口論を終えていたクロイとシロミネが、コウにアイコンタクトを送る。合わせるようにトオルコも体の向きを変えた。



 「C型特有の大規模バルーン・ハザードだ。総力戦まではいかないと思うが、キツイ戦闘が予想される。多弾倉のマガジンを多めに持っておけ。基本的にはツーマンセルで行動。俺はシロミネと、クロイはカミキとペアを組んでくれ」



 「了解っと」


 「了解! よろしくなカミキ!」


 「クロイさん。よろしくお願いします。」



 そっけなく答えるシロミネと、掌を差し出すクロイ。それに応えるように、トオルコは拳をこつんと合わせる。



 女性にしては堅い拳と、年相応に小さな拳を互いにぶつける。



 「コウ・シロミネペアは、最前線でタールから出たやつを狙う。クロイ・カミキペアは前線のバックアップを。片方が戦闘不能になったら即離脱しろ。ぼさっとしていたら退路までふさがれるからな」



 画面の光を落とし、タブレットをキーに返すコウ。



 「それとキー。現地でHQシステムを立ち上げたら、『リベレ』を準備をしてくれ。二機でいい」




 「えっ! 戦闘用ドローン⁉ 使っていいの⁉」



 もはや先ほどまでの凛乎とした彼女はそこにはなく、いつも通り子どものような振る舞いをみせるアンドロイド。



 「ああ、タールの直上から掃射してくれ。風に煽られんなよ? 川沿いは特に要注意だ。強風による飛行継続の可否は任せるが無理はするな」



 「まっかせて! もう墜落なんてさせないんだから!」



 紺色のツナギをまくり、細い腕に力こぶを作る動作をみせるキー。腕の人工骨格がきしきしと小さな音を立てる。



 「現場と住宅地が近い。射線上に人を入れないこと、自分が入らないよう考慮すること。それ以外はいつも通りだ。気ィ引き締めていくぞ!」



 「「「「了解!」」」」


 「り……了解です!」



 ワンテンポ遅れて声を出すトオルコ。隊員のはつらつとした返答を聞き、不敵な笑顔を浮かべるコウ。


 そして、コウはグローブに覆われた拳を前に突き出す。後部車両の四人が互いに拳を合わせ、歪な円陣を組んだ。



 「現着次第、即戦闘だ。わりいなお二人さん、円陣組めなくて」



 運転席と助手席の二人に声を投げかけるコウ。すると、助手席からひょっこりと茶髪頭が飛び出た。



 「気にしないで〜! 『リベレ』の準備もあるしさ~!」


 「体は席に、心は現場に。これ話してくれたのも隊長でしたよね?」



 片手に持ったタブレットを振り回すキー。道路に視線を向けたまま、穏やかに表情を崩すトキワ。



 「よしよし、オペレーター隊は今日も元気だな」



 そんな二人を見届けたコウは、再び組まれた円陣の中央に視線を戻す。そして深く息を吸い、自身の隊の生還と、任務達成を祈願するルーティンを完遂させる。



 「バレット・アント隊! 行くぞ!」


 「「「「「応!」」」」」



 車内に響く隊員たちの声。車窓には、今日の戦場となる浅沼川の上流域が写っていた。


 川のせせらぎに陽光が反射する。その光は川沿いを走る『DOXY』の車窓に侵入し、トオルコの右肩に刺繍された若葉マークを輝かせていた。

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