MISSION 18 「うたた寝の日常」

―――― 3/24 12:16 東京都 「B.A.P.C BALLET ANT」――――






 「カミキ~掃除はどんな感じ~?」




 トイレのドアから頭を出し、灰色のタンクトップを身につけた黒髪の女性。




 「はいクロイさん。五階の女性トイレと、この二階トイレは終わりました」




 トオルコはピンクのゴム手袋を外し、バケツの中に落とした。クロイはトイレの床を一瞥し、




 「おお、キレイになってんじゃん。それじゃあラウンジにあがっといで~飯食おうぜ」




 分かりました。そう小さく答えたトオルコは、便器の横にあるロッカーにしまった。手早く手を洗い、クロイの後を追う。階段を駆け上がり、廊下を小走りで通り抜けた。




 ラウンジの扉を開けると、すでに見知った顔が四つ。キッチンに白髪の優男と黒髪の荒くれ女。ソファーに座ったアンドロイドと緑眼のお団子ヘアー。




 「あっトオルコちゃん! トイレ掃除ありがとね~!」

 「カミちゃんありがとうね」




 手を振り回し瞳を輝かせるキー。タブレットを手に持ったまま微笑を送るトキワ。




 「おいシロミネ! このチャーハン塩が効きすぎじゃねえか?」


 「ほんと~? まあたぶん大丈夫。胃に入れば一緒だよ」


 「だからなんでそうやって雑なんだよお前は!?」




 喧々諤々けんけんがくがく。塩の瓶を指さし、怪訝な眼差しを男に向けるクロイ。それを傍目に鼻歌交じりに炒飯を炒めるシロミネ。米と炒り卵がはじける音と、ごま油の香ばしい匂いが食欲をそそる。




 「よ~し。みんなできたよ~」


 「ほらほらみんな座れ座れ~!」




 お盆に乗せられた人数分の皿と、ガラスのボウルには色とりどりの野菜が入ったサラダ。料理がテーブルに乗せられると同時に人が集まる。




 「はいはいっと。シロミネ's炒飯と特製レタスサラダだよ~」


 「まあ…シロミネにしては美味くできたんじゃないか?」



 「キーは味覚ないからなんでもいいよ~!」


 「はいこれ。キーちゃん専用の筐体冷却水ね」




 がたがたと椅子に座ると、炒飯を載せた皿がいきわたった。それぞれが小皿にサラダを取り分けたことを確認したキーは両手を合わせて、




 「でわでわ皆々様‼ お手を拝借!」


 「「「「いただきます!」」」」








―――― 3/24 12:19 東京都 「B.A.P.C BALLET ANT」 ――――






 「そういえばキーちゃんってさもぐもぐ。なんでご飯食べれるの?もぐもぐ」


 「あーもぐもぐ。キーの『咀嚼機能』についてね? んーとね」


 

 器用にスプーンで米粒を掬いあげながら、咀嚼を繰り返すアンドロイドに、正直な疑問を投げかけるトオルコ。



 「基本的にアンドロイドは、体内バッテリーの稼働だけで必要な電力は賄えるんだけどもぐもぐ」



 ヒトと変わりないような食事を行うキーと、その様子を興味深く見つめるトオルコ。アンドロイドは何回か咀嚼すると、溜飲する動作をみせた。




 「……っと。アンドロイドの筐体にも一応、「咀嚼機能」を持った人工器官を取り付けれちゃうんだよね~。けど、ほとんどはオミットするんだよ。バッテリーの方が効率良いからね」


 「えっと…じゃあただ食事を飲み込んで溜めるだけの機能ってこと?」




 「それが普通なんだけど……キーに取り付けられたものはハイエンドモデルだったみたいでね。キーのAI稼働用補助バッテリーに繋がっててさ。ごくごく」




 開いた口に、ストローの刺さった透明パウチのドリンクを飲むキー。メロンソーダを連想させる緑の液体に『android ONLY』と書かれたラベルが、ヒトの飲み物ではないことを静かに暗示していた。




 「ぷはっ。これが外せないんだよね~。といってもお腹は空かないし、普通に生活する分にはもぐもぐ。この補助バッテリー機能はオーバースペックなんだよね」




 手慣れた手つきで一連の食事の動作を繰り返す、妙に人間臭いアンドロイド。




 「けどね、演算ってバッテリーかなり消費するからね! 大型の演算装置と同期できない現場も多いからけっこう重宝するよ!」




 服の上からぽんぽんとお腹を叩くキー。今度は妙にじじ臭い。トオルコは相槌を打ちながら炒飯を口に運び、すこし塩辛い炒飯を咀嚼した。




 「そ・れ・に! こうしてみんなとゴハン食べれるから! キーは有りよりの有りだと思う!」


 「今度はJKのSNSでも盗聴してきたのかしらねこの子は……」




 機械っぽさをほとんど感じさせない笑顔と、覚えたてのフレーズを最大限に活用するキー。そして、向かいに座ったトキワが、ふるふると力なく首を横に振った。この件も、ここの隊の風物詩であるということが最近分かった。




 トキワの横に座っているのはシロミネとクロイ。その二人は、なにやら口論をしているようだ。




 しかし、大抵ここの二人の喧騒の理由は『目玉焼きには醤油かソースか』、『焼き鳥は塩かタレか』、『ディズニーかUSJか』、『中古か新車か』エトセトラ‥‥。




 簡潔にまとめれば、答えが出ない類の論争である。とりとめもない会話から、クロイが噛みつき、それを面白がったシロミネがからかうといった件も、この隊の日常だとわかった。




 それに、大体の結論は『どっちも違ってどっちもイイ』という、ごく平和的な決着に見ることもワンセット。いつものパターンである。




 トオルコは麦茶の入ったコップに手を伸ばし、ゆっくりとそれを飲んだ。コップを口につけたまま、クロイとシロミネの会話に耳を傾ける。




 すると、『たけのこのクッキーが至高』とか『きのこの二層チョコは黄金比』といった会話が耳に入った。




 まさか。『きのこたけのこ論争』か。これは本当に終わりのない議題に手を付けたなと、トオルコは飲み終えたコップを置き、静かに瞑目した。




 各々が会話を楽しんでいた矢先、リビングの扉を開ける音。扉のある方に目を向けると、隊のジャケットを羽織り、ビジネスバッグを携えた青髪短髪の男性が立っていた。




 「ただいま。いや~午前から招集かかるのは……っと、もうこりごりだなぁ」




 早朝から『支部』に出かけていたコウだった。バッグをソファーの横に置き、空いた椅子にジャケットをかけた。




 「コウ~! おかえり~!」




 主人の帰りを待ち望んでいた子犬のように喜ぶキー。尻尾があれば、ぶんぶん振り回していることだろう。




 「隊長、お疲れ様です。支部定例会はどうでしたか?」




 「ン…まあ。要約すると、今月からバルーンの発生件数が増えてきているから、そろそろ『シーズン』に入りそうなので各部隊即出撃できるようにっていう話と、予算の申請が終わってない『P.C』は来週末までに必要書類をだせってさ」




 「そうですか…予算申請は先週のうちに出しておいて正解でしたね」




 「まったくだ。サンキュー、トキワ」




 「ふふ、今度の晩酌には付き合ってもらいますよ?」




 サムズアップをしてみせるコウ。それを満足して見届けたトキワは、食べ終わった食器を片付け始めた。ここの不思議な連帯感は何なんだろうなと、ぼんやり考えたトオルコは残った炒飯を胃に詰め込み、食器を重ねシンクに向かった。




 「あっコウ! ちょっと聞け! コイツ『きのこ』が美味いなんてほざくんだぜ⁈ なんか言ってやれよ!」




 「といっておりますが。コウはどっち派? もちろん『きのこ』だよね~? クッキーの質に魂を売った『たけのこ』に勝ち目はないってさ~」




 まだ論争をしていたのかと、トオルコも呆れ顔をしてみせたところで、我らが隊長は絶対的かつ普遍的な天啓をここに示した。




 「それ、どっちも好きじゃダメなの?」








―――― 3/24 14:00 東京都 「B.A.P.C BALLET ANT」――――




 トオルコは、陽光がさす屋上のベンチでうたた寝を味わっていた。そして、温かい光を感じながら目を閉じる。




 ――この事務所に住み始めてから二週間が過ぎた。




 最初の一週間は生活必需品の買い出しや、事務所のルールなどの説明で瞬く間に過ぎた。生活必需品の買い出しはトキワに同行してもらい、事務所のルール等はシロミネにあらかた教えてもらった。




 その中で、いろいろと意外な隊員の一面が見えてきた。




 まず一つ、『DOXY』の内部を見た時から気になっていたことだが、几帳面な隊員の真相だ。おおかたトキワかシロミネのどちらかであろうというトオルコの予想は、大きく裏切られた。




 「なんだよ⁉ そんなに意外かよ!」




 今にも噛みついてきそうな剣幕をみせる黒髪短髪の女性。食洗器から取り出した食器をいたわるように食器棚に重ねていく。暴言を吐きながら丁寧に慎重に食器を収めるその姿は、なんともシュールだった。




 住み始めて三日後、夕飯後に食器を懇切丁寧に整理する彼女を初めて見た時は唖然としたものだ。




 「いや……几帳面な人がいるとは思っていましたが……まさかクロイさんだったなんて……」




 「悪かったなあ全く! 特に男二人は雑だからな! 適当にやられたしわ寄せを俺がやってんの!」




 口調は悪魔のそれだが、乱雑に置かれた白磁の食器類は彼女の手によって、あるべき場所に収められていく。




 さらに、彼女は整理整頓だけでなく家事全般が天才的だった。彼女が掃除担当の日は、廊下はスリッパが写りこむほどに磨かれ、トイレは新品同然の光沢を放っていた。




 他にも、トオルコが部屋着で使っていたジャージにケチャップのしみを作ってしまった時には、どこからか取り出した中性洗剤とガーゼを駆使して、即座に染み抜きをやって見せた。




 しかし、特筆すべきは彼女の料理スキルだった。




 「お……美味しい!」




 初めてクロイの手料理をごちそうになったとき、思わず声が出てしまった。肉じゃがは、ほろほろと溶ける赤身肉と、ほくほくとしたじゃがいもの絶妙なハーモニー。トオルコは思わず舌鼓を打った。




 「おおマジか! それは嬉しいぜ!」




 真っ黒いエプロンに身を包んだ漆黒の料理人、クロイがにかっと微笑んだ。




 その後も、手が空いた時は夜食を作ってくれたり、お手製のプリンの味見をさせてもらえたりと、料理面に関しては至れり尽くせりだった。




 トオルコが家事をし始めた時に分かったのだが、事務所の家事全般を管理運営しているのはクロイだと知った。




 さらに、献立の組み立てもクロイの仕事だった。どうりで毎日バランスの取れた食事が並ぶわけだ。




 掃除、調理、洗濯、裁縫。良妻賢母とは、彼女のことをいうのだろう。攻撃的な口調と慈愛にあふれる家事技術。それを見て、隊員たちは口々に言う。




 「性格さえ丸ければ、クロイは当の昔に寿退社している」と。




 それを聞いたトオルコは大きく頷いた。確かに、性格さえ目をつむれば他にクロイを減点する要素がない。




 おまけに、外見も素晴らしいときた。すらりと伸びたモデルじみた足と腕。緩やかにくびれた腹部と、ささやかに鍛え上げられた腹筋が美しい。




 短く刈り上げられたベリーショートの髪は、伸ばせばさぞ美しいロングヘア―になるだろう。そして悔しいが……はちきれんばかりの爆乳に、食いつくオトコは腐るほどいることだろう。




 まるで一輪の花に舞いよる蛾のように。その花が茨であるとも知らずに。彼女に近づいて八つ裂きになった男性の数は想像するに難くない。






 ホント……羨ましい……うらやま……し……「おいっ! カミキ‼ 寝てるのか⁈ カミキ!」






 「ふわあっ! クロイさん! トイレと事務所の掃除は終わりましたぁっ!」


 「なーに寝ぼけてんだよ⁉」




 うたた寝に落ちようとしたところ現実に引き戻され、ベンチからずり落ちたトオルコは、慌てて家事を終えたことを伝える。それを見たクロイは嘆息を漏らす。



 すたすたとトオルコに歩み寄り、細くも逞しい腕でトオルコを引き上げ、早口で要件を告げる。



 「それより緊急出動だ! 『DOXY』に直行するぞ‼」

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