MISSION 16 「石の蟻塚」

――3/10 15:43 東京都 『H.I.V.E』 正面入口前――


 「本当に……シェアハウスなんですか?」


 恐る恐る真偽を確かめる灰色の瞳。不自然に黒い髪が、東京の暖かい風に舞う。



 「そう……だよ? あれ? コウから聞いてなかった?」


 「知らされてすらいなかったです……」


 「まいったねえ~。隊長も相変わらず、仕事ができるんだか抜けてんだかわかんないな~」




 驚くトオルコを見て、たじたじと頭を掻くシロミネ。雪のように白い髪が手の動きに合わせて動く。


 しかしトオルコよ、これは失敗だ。まず前提条件を履き違えていた。いまさらになって、ノリと勢いで決めた自分の選択に腹が立った。



 「う~ん。まあ、とりあえずさ。中紹介するよ。そのあとコウに散々文句言ってあげて?」


 「そうさせて……いただきます」



 やり場のない怒りを隊長にずらして保身を図るシロミネ。この人意外とやり手かもしれない。最も、最後に決めたのは自分なので自己責任ではあるのだが。


 「はいはいっと! それじゃあ気を取り直して~中の紹介をするよ」




――3/10 15:43 東京都 『H.I.V.E』 ――


 建物の質感は一貫して、コンクリート打ち放しの現代建築の様式をとっていた。


 まず初めに紹介された一階は、右半分をデスクが占領し、左半分を来賓室が占めていた。


 会社のデスクをそのまま切り抜いて、コンクリートの室内にはめ込んだような無機質な事務室。各々の隊員に割り振られた机こそ、飲みかけのコーヒー缶やポテチの袋で散らかった机が二つほどあったが、それ以外の机は整理整頓が行き届いていた。


 その中でも、ただ一つの机だけが異様に整理されていたことが妙に印象的だった。


 硝子戸の付いた棚に整列したファイルと、清掃の行き届いた床を見ると、やはり几帳面な住人がいることは間違いないだろう。


 現代的な建築と対照的に、西洋風の円形テーブルとウッドチェアで構成された、落ち着きのある内装が施された来賓室。 


 コンクリートの無機質さが際立つ一階だが、不思議と閉塞感はなかった。



 一通り説明を受けたのち、シロミネとトオルコは二階に上がり、一番右奥の部屋の前に立った。


 両開きの大きなドア。スペースもかなり広く取られてることから、この部屋の異質さが滲み出ている。


 「この部屋が、今日のハイライトかな」


 そしてシロミネは色白の手で三回ノックし、



 「キーちゃん? 入るよー」



――両開きのドアを開けると、そこは機械の中だった。



 「す……すごい……」



 フロアの半分を占拠するほど巨大で暗い室内は、液晶モニターの光で青く照らされていた。


 モニターを包むように幾何学模様の淡い光を放つ、ガラス製の壁。耳を凝らせば、モーターが稼働するようなホワイトノイズ。


 奥側の壁に取り付けられた、超大型液晶モニター。それを半分にしたサイズの液晶モニターが左右に二台取り付けられていた。


 中央に置かれた黒一色の大型テーブルがひとつ。


 両側には、どこかの研究室じみたガラスの壁。その内側にはスーパーコンピューターを彷彿とさせる黒い筐体。筐体に描かれた幾何学的な青い六角形の集合体。その頂点に、それぞれ緑色の小さいLEDランプが点滅を繰り返していた。


 目を凝らせば、青い六角形を描いているのは水冷式クーラーの冷却パイプだった。


 この部屋だけ、世界観が反転しているように錯覚させるほどの異彩を放つ。科学力の結晶ともいえる部屋だった。


 視線を中央に戻す。大型液晶モニターの下には、黒地に青い縁取りのデスクチェアと、大型のキーボードを備えたデスク。


 デスクチェアにかけられた黒いマフラー。デスクチェアはくるりと回転し、部屋の主が姿を見せた。


 「あっシロミネ〜! どうしたの?」


 そこには、もう聞き慣れたテクノボイスを奏でるアンドロイドが座っていた。キーは、オーバーサイズの赤いトレーナーに紺色のジョガーパンツを着て、頭にヘッドホンをつけていた。



 「カッキ―に事務所の案内をしていたんだよ。返事を聞かずに入っちゃってごめんね」


 「全然! 気にしないから平気だよ~!」



 部屋の主であるキーは、部屋のイメージとは対照的にいつもの明るいテンションで話してくれた。黄色の眼が、暗い室内でほんのり淡い光を放っている。


 「そ・れ・よ・り・も!」


 その眼がトオルコを捉える。キーはすっと立ち上がり、両手を目いっぱいに広げた。


 「ようこそ! トオルコちゃん! あなたがいるこの部屋こそ!

ワタシ達のブレーンにして作戦会議室!」



 「現行世代最高峰のスパコン『ケイ壱型』と同性能の筐体を四基並列化したパーフェクト・サイバー・ルーム!」



 「その名も『高度知的立証機構High Intelligent Verify Engine』! 略して『H.I.V.E』!」



 「 どうどう⁉ トオルコちゃん! 『バレット・アント』にあってると思うんだけど⁉ ぴったりだよね?」



 怒涛の口上が終わり、キーがトオルコに近づいて食い入るように見つめてくる。その黄眼には、目を丸くした私が写っていた。



 「うん……トオルコちゃんらしくて……いいと思うよ?」



 ふわっと語尾を滲ませる。高度知的までは私のボキャブラリーで追えたが、それ以降は置き去りになった。『H.I.V.E』の呼び方だけ覚えていれば良いだろう。




 「でしょでしょ⁉ トオルコちゃんに分かって貰えるなんて嬉しいよ~‼」




 天真爛漫な笑顔を見せるキー。それにしても、『H.I.V.E』か。確かに、六角形を描くように光るLEDを見れば『蜂のhive』に見えないこともない。


 見えなくもないが、あの当て字はやや強引に感じる。あとで辞書を引いてみよう。


 「じゃあ、ひとまず紹介はキーちゃんがしてくれたし、次行こうか。」


 タイミングを見計らっていたのだろう、シロミネは次の部屋に向かうよう催促した。




 「わかりました。じゃあまたね、キーちゃん。」




 「うん!いつでもおいで!!充電の時以外は大体ここにいるから!!」




 そういうとキーは自分のしたいことを成し遂げたように、にこやかに笑って二人を送り出した。大きなドアをゆっくりと閉めながら、部屋を後にした。



 「おっと……ちょっとごめんね……はい、シロミネです」



 電話に応じるシロミネは、トオルコに背を向け通話を開始した。



 「ええ……いまからリビングを……もうすぐ?」


 「……はい、了解です。じゃあすぐ向かいますね。では」



 短く応答すると、シロミネは通話を終了させた。



 「準備ができたらしいから先にいこう。」



 他の階層の存在も気になったが、それ以上に『準備ができた』という言葉に引っ掛かりを覚えた。


 ――何の準備だ?


 階段をのぼる二人。五階を傍目に頭を働かせるトオルコ、思い当たる節がない。時同じくして、その少し先で階段をのぼるシロミネの顔が、したり顔で笑っていることに気づくことはなかった。



 そして階段は終わり、屋上のドアがある踊り場に到着した。



 「さあ到着しました。ここが今日のクライマックスですよ!」



 シロミネは勢いよくドアを開けた。



 その刹那、穏やかな北風が私の髪をなでた。この季節には不釣り合いに感じる、焼け付くような赤い夕陽が瞳を照らした。



 それと同時に鳴り響くクラッカーの音、風船を割ったような破裂音が心地よい。そして、ドアの周囲にいた四人は、ドンキのパーティーグッズでよく見るカラフルな三角帽をかぶっていた。


 「ようこそトオルコ! 『バレット・アント』へ!」


 上機嫌に頬を緩ませて、クラッカーから飛び出たリボンをひらひらと振るコウ。



 「これからもよろしくね! カミキさん!」


 「よろしくなカミキぃ! へへっ、バシバシしごいてやるからな?」



 西日を受けて輝く翡翠の眼で、トオルコに微笑むトキワ。三角帽をかぶり、ヒトにしては鋭い犬歯をみせるクロイ。


 「さっきぶりだね! なんでも手伝うから困ったら教えてね⁉」


 コウと同じ色の三角帽をかぶり、クラッカーの殻を振り回すキー。彼らからの祝福を、ともに見届けたシロミネは不敵に笑う。


 「まあそういうことだよ。僕からも改めて、今後ともよろしくね。カッキー!」


 鉄の瞳を細め、笑顔の花を咲かせるシロミネ。色白の肌は太陽に照らされ、肌の透明感をより際立たせていた。


 私は胸の前で手を握り、それぞれの思いを確かに受け止めた。そして自分に言い聞かせる。


 私は間違っていなかったと。間違っていたのなら、これを正解にしてしまうのだと、強く強く自分に語りかけた。


 そうしてトオルコは、灰色の生え際の或る黒髪をなでおろし、返礼の言葉を紡ぐ。



 「ありがとうございます! これから……よろしくお願いします!」



 頭を下げ、全身で感謝と意気込みを示すトオルコ。それを決意の表れであると受け取った五人は、拍手をもって少女を受け入れた。


 「さて、それじゃあお腹すいたろ? お肉、焼こうか」


 コウは手を叩き、後ろの円形テーブルにあった牛カルビのパックを取り出した。右手に握ったトングをカチカチを鳴らしている。


 「いいねえ! 始めるかぁ!」


 クロイはガッツポーズをとり、コウから肉とトングを受け取ると石造りのBBQスタンドに向かった。それを追うように歩き始める隊員たち。



 「食べ過ぎて太るんじゃないの~?」


 「はあ⁉ その分働けばいいんだよ! おちょくるなシロミネ!」


 「脳筋ってやつですね……まあ実際そうなんですが……」


 「そうそうカミキ。これ被りなよ」



 思い出したように話すコウ。そして、頭の三角帽に手を伸ばし帽子をとった。すると、その下から新しい三角帽。



 ――マトリョーシカか。いや。マトリョーシカかよ。



 「えっと……これは今日考えたんですか?」



 頬を緩ませながら、三角帽を受け取るトオルコ。銀の髪留めが、引っ掛からないように気を付けながら被る。少しオーバーサイズだったので、おでこまで隠す不格好な形になってしまった。



 「驚いた? まあこういうアイスブレイクも大事だろ? 腐っても隊長だからな」



 そういうとコウは、トオルコの背中を押した。その様子を見ていたキーが、



 「ねえねえ! 早く食べようよ! いこいこ!」



 手を引かれて、皆のもとへ向かうトオルコとキー。熱々の金網の上では、香ばしい木炭の香りと、蠱惑的にすら感じるほど艶やかな脂肪を垂らすカルビ肉。



 その横にある鉄板の上では、シロミネが塩焼きそばを作っていた。



 もやしとキャベツ、豚バラ肉が鉄板の上で丹念に炒め、塩コショウをまんべんなく振りかける。横ではクロイが麺をポリ袋から取り出しているところだった。



 その輪に加わり、何気ない会話に参加するトオルコ。そしてまた思い返す。思えば、誰かと夕飯を食べることもかなり久しぶりだった。



 いつまでこうして笑えるのか。またいなくなったりしないだろうかと、複雑な思いがよぎる。


 それでも、トオルコはいつまでもこうして誰かと笑っていたいと、心の隅で小さく祈った。



 そうこう考えているうちに、いつの間にか焼けた肉がお皿に盛られていた。油滴るカルビで口を満たし、塩焼きそばが胃袋を満たした。



 ふと空を見上げると夜が帳を下ろし、陽は落ち切っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る