MISSION 13「天道虫、その翅を広げて」
―――3/9 12:24 宮城県軸丸高校 駐車場 戦闘車両『DOXY』―――
「カミキ・トオルコ。我が隊に入隊しないか?」
一瞬、何を言われたのかと脳がフリーズした。あまりの衝撃で、レトルトカレーを食べていたプラスチック製のスプーンを噛み切ってしまうとこだった。
シロミネはヒュウと口笛を吹き、クロイは呆然とコウを見つめ、キーは周りの顔をキョロキョロと見まわしているが、表情の最適解を出せずに困り顔。
「ええと……ジョークですよね?」
慌てて口からスプーンを取り出し、カレーとごはんが盛られたレトルトパックを倒れないように横に置き、口についたカレーをティッシュでぬぐう。
「割とマジで」
「マジなんですか」
まじまじとコウを見つめる黒髪灰瞳の少女。
「君の事情は、勝手ながら資料で目を通させてもらった。その上での相談だ」
どうやって情報を得たかを示すように、タブレットを私の前で振って見せるコウ。
「東京に住むと聞いてね。うちの事務所で住居も提供したいと思う」
掲げていたタブレットの画面に目を戻し、指でなぞるコウ。
「バルーン・ハンター。正式には国際機関『BAUM』に登録されることになるから、国際公務員だな。もろもろの手続きはこちらが請け負おう。機材費と住居は、こちらの予算を充てるから問題ない。もちろん大学に通学できるように考慮する。それから……」
淡々と話しを進めるコウに、思わず食ってかかるトオルコ。
「まっ待ってください!私の状況を知っているなら、学費を稼がないといけないってこともわかりますよね?当たり前ですが未経験ですし…とても私じゃあ力になれないと……」
「あ……それなら大丈夫よ。私もともと、しがない商社のOLだったし」
「そういえば僕も営業だったね~ かれこれ3年前になるけど。」
言いづらそうにトキワが前歴を打ち明け、あっけらかんと経歴を話すシロミネ。
「でも私、エアガン? とか知らないし……」
「あーそれオレと一緒じゃん。フィーリングでやっていけば大丈夫じゃんね。」
参考にしがたい案を私に放り投げるクロイ。
「ねーねー? 一緒にやろうよ! 私あなたが気になってるの!」
漠然とした感想を言いながらニコニコと笑顔を向けるキー。
「う……断りづらい」
心は揺れていた。何せここまで人に頼られたのも、かなり久しぶりだった。改めて、自分に問いかける。
――私は何がしたいのかを。どうしたいのかを。
五人が返答を待っている。六人の中に静寂が訪れる。ついさっきまでは、警察車両や救急車両でごった返していた駐車場も、バルーンの殲滅が完了した後から、かなり静かになった。
静寂に包まれた駐車場は、私の答えを待ち望んでいるかのように黙り込む。
―――入隊するか。
―――入隊しないのか。
答えを決めかねていた。いや、簡単に答えられるものじゃあない。
まだ収まらぬ現場の喧騒の中、小隊一つと黒髪の少女ひとりが取り残される。空間がゆがんでしまったかのように、時間がゆっくりと流れる。
誰も、何も話さない。
つま先から視点を動かせない。ああ、この感覚は知っている。過度な期待を向けられているときの感覚だ。
皆、突き刺すかのような視線を浴びせているに違いない。胸の鼓動が僅かに早まる。
意味もなく、髪飾りをいじる。昔からの癖だ。カチカチと音を立てる髪飾りが、秒針のように聞こえる。
その時、ローファーの上にふわりと何かが舞い降りた。ハートを少し歪に描いたような形、淡いピンクの花びら。
桜の花びらだった。花びらが落ちてきた方向にゆっくりと視線を向ける。
そこにあったのは何でもない桜の木。枝葉をたどると一輪だけ咲いているのがわかる。その枝の先端を、赤い点が動いているのが見えた。
無意識に目を凝らし、眼のピントを合わせる。
テントウムシだった。時期的には少し早いのだが、この陽気に誘われて出てきたのだろう。こげ茶色の枝の先端を目指して、歩を進めるテントウムシ。
その光景が、幼少期に祖母と見た公園の桜の記憶と重なった。
――テントウムシはねえ、太陽さ目指して飛ぶんだ。
――何度失敗しても懲りんで飛ぶの。
――んだかんね、トオルコ。失敗してもええんだ。
――やりたいことを、やらんよ?
追憶はフィルムをまき終えたように、ぱたりと終了した。
ふふ、私は小さく笑った。
やりたいことを選ぶというのなら。私の選択はもう決まっていた。肺に新しい息を吸い込み、私は『やりたい』方を選択した。
「私を……入隊させてください。センザキ隊長……!」
強く、強く言い切った。この選択は間違いでないと祈るように。誰かの助けになりたいと思ったから。
私の大きい眼は、睨むようにコウを見つめた。その顔を満足に見つめると、
「そうか……なら歓迎しよう。カミキ・トオルコ新兵。出発は明日だ」
「ヒュウ!新隊員の誕生だあ」
意気揚々と、出発の日程を話すコウ。口笛を吹き、にやりと笑うシロミネ。
「いいねえ! とりあえず宿で一杯やろうかあ!」
「まあ……人手不足は事実でしたしね……」
爆乳を揺らし、トキワと肩を組むクロイ。幸先が思いやられると、頭を抱えるトキワ。
「やった~!これからもどうかよろしくね! トオルコちゃん!」
喜びを全身で表しながら、トオルコの手を取り、跳ねるキー。
「あ……でも私、学費とかいろいろ払うものがあるので……バイトはできるように配慮だけお願いしたいです……」
ぶんぶんと振り回される腕を傍目に、コウに金銭的な相談をする。
「あ~うちの給与の話? そっかそっか。そこが不安だったのか」
「ええ……せっかく決めて頂いたのにすいません……とりあえずは向こうのアルバイトを見つけて…シフトを決めてからとなりますが……」
相談を進めようとしたとき、コウはタブレット画面を操作し始めた。数秒後、ぴたりと指が止まると、
「月の固定給50万円スタート。週休二日制。土日も緊急出動はあるが……これは随時相談しよう。ちなみに出動がない日は、基本デスクワークと基礎トレーニング」
「もちろん、個人依頼に同行するなら金額に応じて手当をだす。住居はこちらから提供するし、食費、光熱費、水道代は隊の全体予算から捻出するから問題ない」
トオルコは、唖然と口を開けた。
「あっそうそう、装備類やライセンス取得の講座費用も予算で落とす。アパートの違約金は俺のポケットマネーで出すから気にしなくていいよ。これでも他に出費があれば相談するし……」
「隊に入ります! いえ! 絶対に入れてください‼‼」
キーの手を放し、懇願するようにコウの手に縋りついた。きっと私の眼は、キラキラのエフェクトが入っていることだろう。
後ろで、隊員たちの笑い声が聞こえる。静かだった駐車場に、六人の笑顔が輝いていた。気がつけば、私も笑っていた。心から笑っていた。
思い返せば、人と一緒に大声で笑ったのは、高校生活の最初で最後であった。
その声に背を押されたように、桜のつぼみに留まっていたテントウムシは、半透明の翅を広げた。上昇気流に乗り、5mmの体は飛翔する。
校舎よりも高く上り、遥か彼方の青を目指して。
――今思い返すとこう思う。あの時入隊しなければ、数多訪れる悲しみを知らずに、生きることができたのではないかと。
――しかし、私は彼らについていかなかった生き方はあり得なかったと、心から思う。
――彼らだけでなく、これから会う人々との思い出が、私の背中を押してくれているから。
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