MISSION 12「拾っていい?」
――― 3/9 12:03 宮城県軸丸高校 校門前 ―――
「変態」
ぴしゃりと、吐き捨てるお団子ヘアーの女性。
「いやいや、頭なでただけじゃないか。深い意味なんて…」
ごもどもと反論する青髪の男性。
「セクハラ」
「元OLに言われると冗談に聞こえんのだよなあ……」
取り付く島もない。といった顔でコウは嘆息する。二人は駐車場を離れ、校門に向かっているところだった。
他の四人は駐車場に残り、昼食をとっている。コウは、トオルコも満足な食事を摂っていなかったことを思い出し、一緒に食べるよう勧めた。
今頃、『DOXY』の戦闘糧食……とは名ばかりのカップ麺を食べて、腹ごしらえをしているところだろうか。
コウは、空をぼんやりと眺めながら思案していた。そうこうしているうちに、二人は校門前にたどり着いた。
コウはタブレットを脇に挟め、手慣れた手つきで、ひしゃげた煙草箱を取り出す。合わせて、トキワも胸ポケットから煙草を取り出した。
そして、トキワは煙草に火をつけ、深くゆっくり煙を吸った。
「わりいトキワ。ライター貸してくれ」
「また忘れたんですか? ほんとにもう……」
トキワは、ささやかな愚痴をこぼすと、ライターをこちらに投げ渡す。コウは、これまた手慣れた手つきで、それを受け取る。
手元にともる小さな灯。くわえたタバコの先端を炙り、煙を作り出す。午前中いっぱいの疲れを吐き出すように、肺の煙を吐き出した。
二人は、しばし煙草に口をつけ、無言で吸い続ける。校舎の日陰で、薄暗い帳が下りた公園には、冷たい三月の風と、二つの煙がただ流れる。
「今日もお疲れ」
「ええ、お疲れ様です。まったく、今日もあなたには驚かされてばかりです」
煙草を口から離し、他愛もない会話を始める。
「さすがに年だしなあ。この性格変えたいとも思うんだけどなかなかね……」
「私より年下の小僧がなんか言ってますね?」
見上げるトキワの緑眼は、コウを挑発的に見上げていた。
「まったく、お前にはかなわねえな……」
「任務中はあれほど迷惑被ったんですから。仕返しです」
やれやれと息をつくと、コウは煙草に口を寄せる。意味もなく、煙草の先端から漏れる煙を目で追う。
音もたてずに立ち上る煙は、やがて晴れ渡った空に届くと、静かに霧散していった。その様子を見届けたコウは、煙草を咥えたまま静かに語り始めた。
「『清掃班』が調査した感じ、やはり恒常的に見るB型で間違いないみたいだ」
「そうですか……それにしては、妙なハズレくじを引かされたものですね……」
「まあ、年間の発生率に対して大型の発生が少ないだけだからな。むしろC型から大型が出なかったことが当たりくじだぜ?」
持論を展開するコウ。その目尻をとがらせるようにしかめ、遠くにある空を睨んでいる。
「まあ確かにそうですが……『大樹』の対応が遅れたことも気になります。いくら近くにいたからといって、休暇中の傭兵部隊である我々を呼びつけるなんて……」
情報参謀として、統轄した情報から不明点を述べるトキワ。そして胸ポケットから取り出した携帯灰皿に、灰を落とす。
「確かにそうだ。いくら片田舎とはいえ、仙台支局は東北エリアでもかなり大きい方に分類されるはずだ。基本的に、緊急通報なら直轄部隊が出る…にもかかわらず、東京から来た俺らに指令が下った」
早朝からの一連の顛末を振り返り、疑問点を洗い出すコウ。相槌を打ちながら話を聞き続けるトキワ。内容がひと段落したところで、女性はほんの僅かに顔をしかめた。
「……きな臭いですね……キーを潜らせますか?」
煙草を口から離し、静かに提案するトキワ。コウは目を瞑り、ふるふると頭を振った。
「いや、もっと証拠がほしい……ましてや、連中の意図が読めない以上、藪蛇になりそうだしな」
「それも、そうですね。」
何かを言おうと口を開けたトキワ。しかし、これ以上は答えが出ないと悟ったのだろう。煙草をくわえ、煙を吸い込んだ。
「それはそうと、カミキについての資料は読んだか?」
「ええ、ジープ級が出現する前に。簡単な略歴でしたが……ちょっと特殊な子ですよね」
コウは煙草をくわえ、空いた手でタブレットの画面を映す。そして、画面を一瞥すると、トキワにタブレットを手渡した。
そこには、証明写真と一緒に経歴が書かれた在学証明書が写っていた。
「生まれる前に父親は蒸発、母を2才の時に亡くし、唯一の親戚であった祖母は今年一月に死亡……ガンだったらしい」
「コウ……?」
コウの表情は苦く、悲しい眼でそれを見つめていた。その表情を自らの瞳に写さないようにと、トキワは手に持った煙草に視線を落とした。
「それと、今年から都内の大学に入学するとも書いてあったな」
「へえ、東京に。それじゃあ、ひょんなことで、出会うかもしれないですね」
ほっこりするような表情で微笑むトキワ。上機嫌であることを示すように、ゆらゆらとお団子ヘアーを揺らす。艶やかな茶髪が、僅かに差す陽光が照らしていた。
「そうそう……そうなんだよ東京に……」
途端、思い出したように煙草の灰をトキワの携帯灰皿に落とす。
「そういえばさあ。トキワ」
「はい?」
「うちの事務所のさ、キーのデスクってほとんど使ってないよな?」
「? そうですね。今は彼女のガラクタ……もとい、試作品置き場になってますね。もとより、あの子作業台にいる時が多いですからね」
唐突な質問に首をかしげながら答えるトキワ。そして、コウはどこか遠くを見ながら、別の質問を投げかける。
「そうそう……そしてさ。うちの事務所3F……左端の部屋って、今物置になってるよな?」
「そうでしたね。たしか毎年、大掃除の度に出た粗大ごみを突っ込んでいる……『いつか捨てるゴミの部屋』って呼んでましたね。誰かが」
さらに首を傾げ、意図が読めませんと言いたげな顔で質問に答えるトキワ。そして、コウは小さく笑い、また質問を投げかけた。
「そのセンスいいな……まあ……俺さ……もう捨て猫は拾わないって言ったじゃん……?」
気がつくと、コウはさらに遠い空を眺め、トキワに目線を合わせようとしなかった。トキワは一年の経験で知っていた。この眼は、何かをしでかす眼であると。
「言い……ましたね……」
そして、親に隠していた秘密を明かす子供のような瞳で、言葉を紡いだ。
「ヒトは…‥‥‥‥拾ってもいいよね?」
女性の驚嘆の声。その声はアスファルトの上を走る車の喧騒にかき消され、駐車場で楽しく談笑する四人の耳に入ることはなかった。
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