MISSION 11「春風と灰の色」

―――3/9 11:12 宮城県軸丸高校 駐車場 戦闘車両『DOXY』―――


 視界の中を多くの人が、行き来する。警察が羽織る紺色のジャケット。救急隊員が身につけた空色の清潔感のあるジャケット。オレンジと紺色の二色で構成された消防隊員のジャケット。それぞれが役割をもって校庭を歩き回っている。


 校庭の中央には、立ち入り禁止のテープで遮られた黒い水面。テープが風に揺さぶられ、その周囲には、ところどころ灰色の雪…否、バルーンの死骸が点在していた。


 コウの無線で聞いていたが、校庭にもあの怪物達が現れたというのは本当だったようだ。しかも、体育館のものより数が多い。


 トオルコの意識はその中でも異色の、黄色い防護服をまとった集団に向けられた。黄土色の防護服に身を包んだ十数人の集団。ある人はタブレットの画面を眺め、ある人はスコップでバルーンの死骸を救い上げ、円柱型の半透明なカプセルに詰め込んでいる。


 視界を駐車場に移す。パトカーや救急車などの白黒系が多い中、赤い消防車両が目立つ。しかし、それらの車両の中に黄色一色で塗りたくられた車両が三台と、青色の車両が二台。


 いずれも、長距離トラックほどの大きさだ。そして、それらの車体には大きく描かれた円形の地球を背景に、描かれた緑色の大樹のマーク。コウのワッペンにも似たマークがあったことから、同じ組織の人かとトオルコは類推する。


 トオルコは、『DOXY』のバックドアに腰掛けていた。黒で統一されたカラーリングのこの車が、『バレット・アント』隊の戦闘車両とコウから聞いた。


 消防車を黒く塗り上げたかのような外装、青い警光灯と後部車両の上部にあるパラボラアンテナが、他の公的機関との差別化を図っているように思えて印象的だった。


 振り返り、後部車両を見渡す。後部車両の内側は、全体が鈍い銀色の内装で覆われている。四つの向かい合った席と、いくつもの装備が詰め込まれた収納棚。


 情報量が多いわりに、雑然とした印象がないのは整理整頓が行き届いているからだろう。よほど几帳面な人がいるに違いない。


 ぼんやりとその人物は誰かを考えながら、包帯で巻かれた左足をさする。


 どうも二階から落ちかけた時、足を捻ってしまったらしい。あの灰色の虎と対峙していた時は、全く気にならなかったのだが、たぶん興奮状態にあったからだろうなと、自分で結論付けた。結構痛い。


 あの惨劇から二時間少々、警察からの事情聴取を話し終え、救急隊の方からの手当ても済んだ。その時、コウから一言、


 「俺は『大樹』の連中と話すことがある。警察当たりの事情聴取には、あくまでも『グレポン』を撃ったのは俺ってことにしてくれ」


 身につけてと言われた装備の類もだが、ひた隠しにすることが多いなあと思案するトオルコ。最も、別に不愉快ではないし、それらを取り調べで話す理由もないのだが。


 空を仰ぐ。地上の様子とは対照的に澄み切った空。やや高く上った太陽は燦々と輝き、冷えた駐車場のアスファルトを優しく温めていた。


 朝と同じ色の空。アパートを出た時と全く変わっていない。早朝、空腹のお腹をさすりながら歩いていた時には、数時間後こんなことになるなんて微塵も思っていなかった。


 卒業式の日に、式典の最中に現れた灰色の怪物、シルエットだけ人に似た三つの赤い複眼を持った人類の害獣。そして、あの灰色の虎。死そのものを具現化したようにも感じる殺戮マシン。


 そして、一度は生を捨てた私の前に現れた男、コウ。彼が率いるフリーのバルーンハンター部隊『バレットアント』。


 いまここで空を眺めていれるのも、彼らのおかげなんだなと。改めて思い知った。何となく重荷を背負っている気分になり、ふうとため息を空に投げた。


 「ねえねえ! どうしたの~?」


 「わぁー⁉」


 上を見上げていたところに現れる、茶髪で同い年くらいの子。思わずのけぞってしまった。


 唐突に視界に現れた黄色の両目。彼女の虹彩が、じりじりと動くのが見えた。まるで、カメラのピントを合わせるように。


 「⁇ どうしたの?」


 たんぽぽが咲いたように、鮮やかな黄色を宿した双眸。赤みがかった茶色のショートボブの髪は利発そうな彼女にしては、落ち着いた印象を与えている。


 真っ黒なマフラーを首に巻き、コウの胸にもあったマークと同じものが刺しゅうされた紺色のツナギ。その上から厚手の黒いミリタリージャケットを羽織っている。私と似た体格の女の子だ。


 「いや……ちょっと……驚いてしまって……すいません」


 首を傾げる黄色の双眸。頭の上に疑問符が浮かんでいる、そう錯覚させるほどわかりやすい表情をとる女の子。


 いや……機械だ。昨今のアンドロイドは、遠目ではほとんど見分けがつかないモノが多い。しかし、この距離になれば肌の質感や動きでアンドロイドだと看破できる。


 それでも、この子は肌の質感や動きもかなり人間に近い。カメラのレンズのようにミリ単位で動く虹彩と、テクノボイスが無ければ気がつかなかったかもしれない。


 「こおら! 驚かせちゃあダメでしょ! 傷に触ったらどうするの!」

 

 運転席から女性が現れ、アンドロイドの少女を叱った。優しそうな顔つきに、茶色のお団子ヘアーの若い女性だった。


 「ごめんね? 驚かせちゃって……この子ったらいつもこんな感じなんだから」


 深みのある緑の瞳が印象的で、赤みがかったつややかな茶髪は、まるでみたらし団子のようだった。


 「ああ……驚いちゃったのか。ごめんねトオルコちゃん」


 「あ……いえ。大丈夫です……」


 しょんぼりと頭を下げるアンドロイドの少女。軽くのけぞっただけで、ここまで丁寧に謝られると、こちらが申し訳なくなる。同じように頭を下げるトオルコ。



 「そういえば、自己紹介がまだだったね。私は常盤梨々子トキワ・リリコ。この隊の『HQシステム』の管理を兼ねた情報参謀担当です」



 そう名乗ると女性は、穏やかな笑顔を見せた。トオルコより少し大きい胸と、やや頼りなさげな細い手足。


 今はアンドロイドの子と同じ、ツナギとジャケットを着ているが、スーツを着れば素敵なビジネスウーマンになるに違いない。


 「そしてこっちが……」


 「あー! まって! 言わせて言わせて!」


 トキワと名乗った女性の自己紹介に、食い気味に割り込む少女。切り替えが早いのはアンドロイドだからなのだろうか。


 少女は軽く咳ばらいをして、自身の与えられた名前を紡ぎだす。


 「私の名前は、自立思考型演算アンドロイド『type-K.E.Y』! メーカー型落ち、品番不明のミステリアス・アイドル!」


 「キーって読んでね!」


 ピースサインとウインクで締めくくられた自己紹介には、あまりにも情報量が多かった。


 「ちなみに隊での役割は、ドローンなどのメカニック担当ね」


 「はい……よろしくお願いします。キーさん」


 やれやれと、言葉をつけたすトキワと名乗った女性。そして、そっと手を差しだすトオルコ。


 「⁇ なんですか?」


 「あ……えっと……握手です。先ほどはお世話になったので……」


 気を悪くしてしまったのだろうか。キーは、目の前に差し出された手を見たまま硬直していた。


 「あの……キーさん?」


 「これが……握手……」


 ごくりと、唾をのむ仕草をしてみせるキー。


 「へ?」


 「これが……人類が生み出した原点にして頂点の意思疎通……言語を越えて友好を示すBody language……握手を……ワタシとしてくれるの……⁉」


 辞書をそのまま読み込んだかのような説明、徐々にテンションが上がるキー。あまりの嬉しさに、うずうずしているのが分かる。


 その様子があまりにも正直で、純粋で、おかしく思えてしまった。トオルコはくすくすと小さく笑った。


 「うん……いいよ、キーちゃん。ドローンを壊しちゃってごめんね?」


 トオルコは少し腕を張り、握手を促した。すると、ぱっと花が咲いたように笑顔を咲かせるキー。


 「! うん! よろしくねトオルコちゃん! ドローンは気にしなくていいよ! また買えばいいんだし!」


 そして、勢いよく手を握り返してくれた。腕を振り回されることを覚悟したが、なぜか力加減は絶妙だった。ヒト相応の力で握られた腕は少し冷たく、シリコンのような質感だった。


 「もう……この子ったら。あっそうそう、キー」


 そんな二人を見て、思わず口元が綻ぶトキワ。すると、何かを思い出したようにキーを呼んだ。


 「現場検証が終わったみたいだから、『モスラ』の回収がそろそろのはずよ。リサイクルできそうなパーツがないか、見てもらえる?」


 「はいさい! じゃあトオルコちゃん! またね~!」


 パッと握手していた手を放し、敬礼するキー。ひらひらと手を振ると、黒いマフラーを靡かせて校庭の方に走っていった。その後ろ姿を見ながらトオルコは、トキワとキーの髪色がかなり近い色であることに気がついた。



 ――トキワさんがチョコレート色で、キーちゃんはアガット……いや、茶色が強いからヘンナ色か。



 「トオルコさん。でしたよね? その恰好じゃあ寒いでしょう? これ着て?」


 「あ…ありがとうございます」

 

 そういうとトキワは、手に持っていた予備の黒いジャケットを渡してくれた。


 たしかに、ブレザーは先生の止血に使ってしまったし、昼前で気温が上がってきたとはいえ、肌寒い風が吹いている。ありがたくジャケットを受け取り、袖を通した。手の甲まで覆うビックサイズだが、体が冷え切った私には丁度良い。


 「それとココア、温まるよ」


 トキワの両手には、湯気が立ち上るステンレス製のマグカップが二つ。その片方を私に差し出してくれた。


 「ありがとう……ございます。何から何まで……」


 「気にしないで、私も甘いものが欲しかったから。隣座っていい?」


 どうぞ、と小さく応じるトオルコ。少し場所を詰め、席を空けた場所に座る緑眼の女性。そして、マグカップに口をつけココアをすすった。


 その後を追うようにマグカップに口をつけるトオルコ。


 「美味しい……」


 口いっぱいに広がるまろやかな甘さ。熱くもなく、ぬるくもない適度な温かさが、体をゆっくり温めてくのがわかる。


 「よかった。こう見えても、甘いものには一家言あるの」


 その様子を見たトキワは、うんうんと頷いた。頭のお団子がゆらゆらと揺れる。


 「そうなんですね……」


 真剣に感心するトオルコ。ふと見下ろしたマグカップの水面には、灰色の瞳で真っ黒な髪の自分の顔。



 ――しばしの沈黙。



 呆然と眺める目の前の景色には、慌ただしく人が行きかっている。


 トオルコとトキワの2人だけの空間に流れていた沈黙。するとトキワの胸元にぶら下げた朱鷺色の眼鏡が、静寂の終わりを告げるように、かちゃりと音を立てた。


 「改めて、お話しさせていただきます。神木透子さん」


 トキワは、手に持っていたマグカップを席に置いた。すっと立ち上がり、トオルコの眼を見つめた。改まった口調で述べられた言葉には、彼女の真摯な態度がにじみ出ていた。


 「はい……?」


 何事かと、背筋を伸ばすトオルコ。


 「今回の救出任務において、あなたを任務に幇助ほうじょさせたこと。緊急事態とは言え、あなたに空気銃の使用を黙認したこと」


 ほんの僅かに伏し目がちに、言葉を紡ぐトキワ。


 「さらにはあなたを負傷させてしまったことを。隊長に変わって、情報参謀担当の私から謝罪させていただきます」


 紡がれる言葉はすべて丁寧で、真剣な謝意が込められているとわかる。見下ろされている今の状況でも、まるで、こちらが見下ろしてしまっているように錯覚するほどだ。


 「本当に、申し訳ありませんでした」


 「あ……そんな……! 私からやるといったことですし……ドローンだって!」


 とても座っていられなくなり、負傷した足に体重をかけないように立ち上がるトオルコ。なかなか頭を挙げないトキワの肩をさする。


 「かっ顔を挙げてください! 皆さんのおかげで私も助かって……!」


 「ドローンの操縦も私の監督不行き届きです。本当に……」


 律儀ゆえの強情さ。このままでは彼女がつぶれてしまうようにトオルコは感じていた。困っていたところで、トキワの後ろからドサッと肩を組む腕。



 「もういいじゃねえかトキワぁ。この子困ってるじゃん」



 トキワさんの後ろから現れた男女の2人組。体育館の中でコウと話していた2人だ。二人とも、濃紺の戦闘服の上から黒いジャケットを羽織っている。



 「低すぎる姿勢も考え物だよトキちゃん。まあ、それもトキちゃんのいいとこなんだけどね~」



 きっちりと上までチャックを締め上げたのがシロミネさんで、前を開け放ちポケットに片手を入れているのがクロイさんだ。



 「カミキさんだよね、まず自己紹介を。僕はシロミネ、白峰京士郎シロミネ・キョウシロウ。この隊で、ポイントマン……まあ突撃要員みたいな立ち位置かな」



 シロミネと名乗った男性は穏やかに話した。雪のように白い頭髪を耳にかかるまでふんわりと伸ばし、灰色がかった黒の瞳。すらりと伸びた鼻が、美術の彫像を連想させる奇跡的なバランスを保っている。


 全体的に整った顔立ちで、優しそうな雰囲気。さぞかしモテるだろうとトオルコは結論付けた。



 ――スノーホワイトの髪で、瞳は……ガンメタルか。



 スリムで細身だが、骨と皮というわけでもない。この身ぐるみを剥いだら、細マッチョな体が見れそうだ。背丈はコウと同じくらいで、トオルコと比べて頭一個分以上は差がある。まるで冬の山を見ているようだ。年齢は25歳くらいか。



 「俺は、黒井空クロイ・ソラ! ここでは、バックアップマンってゆー後方支援を専門にしてるぜ。よろしくなカミキ!」



 体育館でハグしてきた女性だ。その性格を体現するように、うなじを刈り上げた黒のベリーショート。長い睫毛の奥には、紫がかった黒い瞳が横たわっていた。鋭い瞳は、何となくコウに似ている。年齢はこちらも25歳前後だろう。シロミネさんと仲が良いのも、年が近いからなのかもしれない。



 ――黒髪はただの黒で、瞳はレイヴンだ。ここまで黒一色の人も珍しいな。



 しかし、特筆すべきはこの人のスタイルだ。すらりと伸びた手足も美しい。だが、館内で抱きしめられたときにも、うっすらと気がついたが……


 「ん……どうした?」


 首をかしげるクロイ。その彼女の胸が……爆乳だ……


 規格外が過ぎる。胸元まで開け放たれた濃紺色のタクティカルジャケットから、今にもはちきれんばかりの胸が覗いている。ここまでくると嫉妬とかの次元ではなく、感嘆とすら言える。

 


 「クロちゃんの怖い顔に驚いちゃったんじゃないの~?」


 「シロミネ! いい加減怒るぞ! おちょくりやがって!」



 やや高い身長から見下ろして、にやにやと笑うシロミネ。そんな顔を鬱陶しく思ったのだろう、肘で彼の胸板をこずくクロイ。


 「二人とも……ふう……」


 やんややんやと騒ぐ二人を見てため息をつくトキワ。無線の時から気になってはいたが、なるほど、やっぱり苦労人だ。


 「お~い! みんな戻ったよ~!」


 両手いっぱいに機械部品を抱えて、キーが戻ってきた。急ぎ足で戻ってきているが、黒いマフラーを揺らし、ネジをぽろぽろと落としながらこちらに向かっている。


 「ハイ到着~」

 「どうだった?キーちゃん」


 トキワがそう聞くと、キーは手に抱えていた部品をトオルコの横に広げた。


 「ん~バッテリーとウインチ、それとメインモーター1個に補助モーターは生きてるっぽいよ。これなら調整すれば……たぶんリサイクルできそう!」


 黒いバッテリーと、プロペラがひしゃげたモーターがいくつか。一個づつ手に持ちながら説明する少女。


 「カメラはどうだった?」

 「ん~だめだった。レンズが粉々だったよ」


 そう、と小さくトキワが呟く。とても残念そうに溜め息をついた。


 「他のパーツは『清掃班』が処理してくれるみたいだったから、キーのIDで廃棄承諾書にサインしちゃったけど良かったよね?」


 「うん、キーちゃんが見て使えないと思ったなら、私が見てもだめだと思うし。ありがとうねキーちゃん」


 素直に優しく褒めるトキワ。すると、キーはまた笑顔の花を咲かせた。


 「うん! 次は何したらいい⁇ 肩もみ? 報告書類の編集? そ・れ・と・も……エッチなこと?」


 キーの口から出た淫靡な言葉。唇に指を当て、腰をくねらせる。


 「こ・お・ら! まーたこの子ったらすーぐに調子乗る! 何を検索したの⁉ 何を見たの⁉」

 

 憂う顔をぴっと引き締めて、キーを叱るトキワ。



 「えーとねえ……ナントカvideoってとこの……『未●年制服プレイ』?」


 「アダルトサイト⁉ ダメっていったでしょ!」


 「だって辞書には『行為』について載ってなかったんだもん!」



 なかなかどうして、辞書の内容をまるで暗記しているような口ぶり。好奇心は、18禁サイトをも知識源にするということか。


 「ごめんね。いつもこんな感じでさ」


 言い合う二人をよそにシロミネが、ニコニコとこちらに目線を送った。鉄のように冷たい瞳がこちらを見ている。


 「あ……いえ!!  そんな……」


 いかんせん、男という生き物は私にとって、同い年くらいの男しかカテゴリになかったのでこういう感じで見られると弱い。頬の紅潮をごまかすように、ぬるくなったココアを一気に飲み込んだ。


 うん、やっぱり美味しい。そしてトオルコは意を決したように立ち上がると、


 「今日は皆さんのおかげで助かりました。本当に……本当に。ありがとうございました」


 体を90度に折り曲げ、改めてお礼を言った。その時、足の痛みが少し響くが、問題なく立てることを知った。


 「ドローンのことは……あまり多くはないですがお金も出します。こういった形でしかお礼はできませんが……」


 言葉に詰まる。足が何か感情によって、ふるふると震える。視界も徐々に下へ、下へと下がっていく。

 

 次の言葉に迷っているとき、後ろからその男は現れた。



 「気にすんなよ、そんなこと。仕事だったからな」



 その声は、体育館で私を救ってくれた男から発せられたものだった。


 「あ……お疲れ様です。隊長。警察とのすり合わせはもう済んだんですか」


 「おう。ラッキーなことに彼ら避難誘導中で、こちらをほとんど気にかけてなかったらしい。『グレポン』の件も含めてうまくいったよ」


 コウは、手に持っていたタブレットをすらすらと操作した。


 「ンで、『大樹』と今回の報酬についての話し合いの結果。金額はこれよ」


 そういうとコウは、手元のタブレットを四人に向けた。その画面を出した途端、全員がコウの前に殺到した。



 「おお……さすがに休日返上分はくれるもんだ」


 「へえ、悪い金額じゃないね」


 「まあ……温泉旅行中にしては妥当な額ですかね」


 「あっ! これなら新しい『ドローンT』を買えるよ!」



 そんな彼らの後ろで呆然と佇むトオルコ。タブレットの画面を隊員たちが一通り目を通したことを確認したコウは、ぱたりとタブレットの画面を閉じた。


 「と、金額の話はここまで」


 コウはタブレットを脇に挟むと、私に視線を向けた。そして、体育館で出会った時から変わらない青い瞳でトオルコを見た。


 「この隊で。この手の人助けとか、おせっかいが嫌なやつなんていない。そうだろみんな?」


 あらかじめ答えを知っているような口ぶりで、隊長は四人に問うた。すると開口一番に語りだしたのは黒髪の女性だった。



 「もちろんじゃん! 伸ばせる手を出さずに後悔するなんて嫌じゃん?まあ朝起こされたときはブチ切れたけどな!」


 「まあ困っている人がいたらさ。ほっとけないよね~」



にかっと白い歯を覗かせて笑うクロイと、顎をさすりながら不敵に笑うシロミネ。

 


 「私もです。あの時と同じ思いはしたくないし、他の人にしてほしくありません。だから私も戦います!」


 「ん~。キーはそこんとこイマイチ分かんないんだけど~。人を助けられて、おカネももらえるなら、きっといいことだよね!」



強い思いを込めて、トキワが言い切り、答え探し中のアンドロイドは、現時点での最適解を述べた。


 その様子を見て、嬉しそうに息をつくコウ。私とそう年齢は変わらないはずなのに、不思議と頼りがいのあるリーダーとしての彼の姿がそこにあった。


 「ンまあそういうこった。だから気に病む必要はないさ」 


 眼を細め、トオルコを見て笑う。その眼には、言葉では示しがたい様々な思いを含有しているように見えた。


 「それに……俺だって何もせずに眺めてるなんて御免だからな!」



 見上げた彼の表情は穏やかだった。紺色に鉄色の冷たさを込めた鉄紺色の短髪、幾多の戦場を見届けたであろう瞳は、スマルトブルーの色。



 ――数多ある青系統の色の中で、満月の或る夜空を体現した『最古の青』。



 色の分析をしていると、コウはトオルコの肩に手を下ろす。



 「それに、俺も君が『グレポン』を撃ってくれなかったら、たぶん俺死んでた。お礼を言わないといけないのはこっちさ」


 「それは……私も必死で……」


 「じゃあ君が助かったのも、俺が必死になったから……ってことでいいんじゃない?」


 次の言葉に困り、トオルコは俯いたまま口をつぐんだ。するとコウは、トオルコの黒く、がさついた髪をなでた。優しく、いたわるように。



 「気にしすぎなんだよ。今回はお互い様ってことで手を打とう。な?」


 グローブをつけていない手から伝わる体温。それが今までの誰よりも温かく、大きい手だった。



 「みなさん……本当に……本当にありがとうございました!」



 トオルコは、また頭を下げる。さっきとは違う、純粋な感謝の思いをもって。


 風が吹く。


 春の陽気と、ささやかな冷たさを孕んだ風は、六人の間を駆け抜け、まだ咲かない桜の木の枝をゆすった。


 トオルコの黒髪がふわりと舞う。


 少女の黒髪の奥には、淡い藍を秘めた灰色の髪が僅かに見え隠れしていた。

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