MISSION 9「校舎越える機械蛾」

――3/9 10:15同刻 宮城県軸丸高校 駐車場 戦闘車両『DOXY』――


 「キーちゃん‼ モスカート弾の補充どう⁈」


 運転席から頭を出し、車両の前でドローンと『グレポン』の立ち上げを行うキーに声をかけるお団子ヘアーの女性。


 流れるような手つきで、手元のタブレット三台分のタスクを、並列処理するトキワ。その眼には、朱鷺色の赤い縁取りの眼鏡がかけられている。


 その奥に光る、常盤色の瞳は、右へ左へ、何度も往復し二人分のタスクを消化していく。  


 「あと2発! バッテリー換装はできてるから、あと3分で……」


 緑色の砲弾を形どるモスカート弾。キーは、その底部からガスを注入している。横ではガス圧縮用のコンプレッサーが小刻みに振動を刻んでいた。


 「それ2分でやって! シロさんクロさんにもマガジン届けないと!」


 矢継ぎ早に指示を続けるトキワ。眼鏡が車窓から差す陽光に照らしている。朱鷺色の淡いピンクのフレームが、優しく光る。


 「ドローンでグレポンを輸送したら、自動操縦に切り替えて……戻っている間に校庭の2人にマガジンを運んで!」


 「だるいけどやりまーす!」


 キーは最後のモスカート弾を、リボルバーに装填する。


 「こおら! 一言多いよっ……っと!」


 外部無線を知らせる着信音声。


 「はい! こちら『バレット・アントHQ』です! どうぞ!」


 手早く車内ドアの収納から、クリップボードを取り出す。


 「……へぇ⁉ 野次馬整理の支援要請⁈今こっちも手を離せないんです! そちらでどうにかしてください!」


 何も書かなかったクリップボードを、雑に仕舞い込むトキワ。


 ――こちらも、てんやわんやである。直属部隊じゃないからって、雑務を押し付ける現場を知らないやつめ。報告書に散々書いてやろうか。書かないけど。


 トキワのタブレット画面に映る偵察型ドローンから送られた映像。トキワは、C型の動きを把握し、校舎の敷地から漏れないよう現場の2人をサポートする仕事に戻った。


 支局からの支援部隊が到着するまであと5分。しかし、トキワはこの『300秒』がありえないほど長いことを、この一年で学んでいた。


 画面に映された校庭を俯瞰する映像、戦闘を続けるシロミネと、クロエがいる。そして、画面端に映る灰色の影。


 「⁉……シロさん! 5時の方向!」


 【うわっ⁈ とっ!】


 シロミネに掴みかかるC型の複眼がゆらりと光る。鮮やか緑色の眼は、枯れ葉と砂が舞う校庭では際立った異常そのものだ。


 大きく口を開けるC型。その口が首に狙いを定めた。


 瞬間、怪物の頭蓋に白いナイフが突き立てられた。


――ォォォ⁉


 青い天を仰ぎ、ふらつくC型。その複眼の真上に影がかかり、黒いブーツの踵が振り下ろされた。


 【せいやっ!】


 ブーツの踵はC型の頭部を直撃し、C型を頭から校庭に叩きつけた。


 頭部が結晶化していくのを確認したシロミネは、首元のチョーカーに手を置き、ちらりと上空のドローンを見た。画面の先のシロミネと目線が合うトキワ。


 【ヒュウ! 助かったよトキちゃん!】


 サムズアップを見せたシロミネは、C型に突き立てたナイフを拾い、手首のスナップで怪物の透明な血液を落とす。


 腰の鞘に納めると無線の受信音が鳴った。


 【油売ってんなシロミネ! 無事ならこっち手伝え!】

 【はいはいっと! かわいいお姫様っ!】

 【次それ言ったらお前を撃つからな】


 罵詈雑言を垂れ流すクロイと、藪蛇を喜んで突っつくシロミネの会話が無線を占拠する。


 「『ドローンT』準備完了! そっちに戻るね!」


 1mを超える大型ドローンのフックに、ワイヤーをかけたキーは躍るように助手席に戻った。


 席に着いたキーは、すぐさまアームで伸ばしたモニターを手元に引き寄せる。手慣れた手つきで、ドローンの管理タブを表示させる。


 画面上で、いくつか円形のグラフが増減を繰り返している。そして、キーは膝に置いたキーボードを叩き始めた。その速さは優に、トキワの入力速度を凌駕する。まるでピアノを奏でるかのように、キーボードを滑るキーの指。


 ――これがアンドロイド。人類の英知、科学力の集大成というものか。


 「あ~っ! 入力間違えた!」


 ――むぅ。英知の終着点は、まだ先のようだ。科学力の道のりは険しい。


 しかし、すぐさま画面の数値を安定させる。そして、アンドロイドは助手席の下からコンセント状のプラグを引っ張る。


 「おっけー! じゃあいくよ~!」


 キーは黒いマフラーを取り払い、うなじにあるコンセントのようなポートを露出させる。逆手に持ったプラグをがちり、と接続させた。


 〈HQシステム・ダイレクトリンク開始。マスターによる認証工程確認完了。〉


 ――はじまった。


 トキワは手を動かしながら傍目に彼女を見る。まぶたを閉じ、お腹の前で手を組んだまま静止するキー。


 トキワは手首のG-SHOCKを見た。時計は『10:17』をさしていた。


 「接続完了!」


 腕を高く掲げ、蹴伸びをするキー。レンズアイが青く発光している。これでドローンは彼女の手足となった。


 「いよし! 『ドローンT・モスラ』! リフトオフ!」


 高く掲げた人差し指を勢いよくおろし、enterキーを押した。


 『DOXY』の前方に一陣の風が起こった。やがて、ドローンを中心に砂が巻き上がる。長方形の本体前方にカメラを備え、両脇にある二基の回転翼は本体を覆うほど大きい。補助用の回転翼を加えた計4基の回転翼が唸りを上げる。


 上から見下ろせば、さながら円形の翼を携えた巨大な蛾のような大型ドローンである。大気を捉えた回転翼は、やがて数キロはある本体を持ち上げ、ゆっくりと貨物を地面から引き離した。


 フロントガラスの高さまで上がった『モスラ』は正面にある黒い球体状のカメラをぐるりと回転させる。そのカメラがキーを捉えた。


 お互いに見つめ合うドローンとアンドロイド。『モスラ』のカメラ映像に自分が写っていることを認知すると、キーは満足そうに、実に満足そうに微笑んだ。


 「いようし! いこうか!」


 『モスラ』がさらに上昇し、フロントガラスから見えなくなる。キーの正面にあるモニターには、縦にスクロールしていく『モスラ』のカメラ映像が写っていた。


 ――彼女と付き合い始めて一年か。


 ぼんやりと思い返すトキワ。そして、警察との共同無線から、民間人の避難完了が通達された。


 ――公的機関との連携はこれでひと段落。あとはバルーンの殲滅だ。


 トキワは、蒼く発光する義眼を傍目に見ながら、キーボードを走らせていた手を休め、運転席のボトルホルダーに差してあったエナジードリンクに口をつけた。


 「まぁ、嫌いじゃないよ。キーちゃん。」


 巨大蛾の名を冠したドローンは、本体脇にある蟻のエンブレムを煌めかせ、校舎の屋上に向かって飛翔した。

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