MISSION 8「覚悟を研ぐ」

――3/9 10:11 宮城県軸丸高校 体育館内倉庫 ――


 「よし、じゃあ改めて作戦を説明するぞ」


 両開きの倉庫の扉に張り付きながら、コウが説明する。


 「二階の校庭に面した側の窓。奥から数えて二番目の窓だ。そこに『グレポン』……っていうデカい銃みたいなのを持ってくるよう、うちのアンドロイドに伝えてある」


 コウは、わずかに開けた扉の隙間から、グローブに覆われた手で窓を指さす。彼の言うアンドロイドはたぶん、ハイテンションな機械音声のあの人だろう。


 「君は二階から、俺にそれを投げてくれればいい」


 無言でうなずく。サイズの合わないゴーグルが、頭の動きに合わせてかくかく動く。


 「ドローン自体にもカメラがついているから、大まかな位置は向こうで合わせてくれるが、細かい位置調整は無線で伝えてくれ」


 「はい……でも……私なんでこの格好なんですか?」


 私の頭には、サイズ感の合わないぶかぶかのヘルメットと、黒ずくめのフェイスマスクにゴーグル。首周りには、黒いチョーカー型のマイクが巻かれている。


 「ヘルメットとスピーカーは一体型で切り離せないんだ。もう一つ理由はあるんだが…‥理由はさして重要じゃない」


 言いずらそうに頭を掻くコウ。暗い青髪が手の動きに合わせて揺れる。


 理由はさして重要じゃないらしい。最初に渡されたゴーグルといい、この装備といい、いまいち関連性がわからないが、とりあえずつけることにする。


 「無線の調整をするぞ。頭を少し上げてくれ」


 言われたとおりに、首を上に傾ける。首周りを覆うフェイスマスクの布をまくり上げ、チョーカーのダイヤルを調整してもらう。


 カチカチとクリック音が鳴る。ふと目線を降ろした時、彼の顔が意外と近くにあることに驚き、慌てて目線を天井に向けた。あくまでも彼に気づかれないように。


 「よし、これでいいだろう。HQ直結の無線番号だ。右のボタンを押して話してみてくれ」


 首に巻かれた黒いチョーカーの出っ張ったボタンを押す。クリック音と同時に耳元に一瞬、ノイズが流れる。


 「こ……こちらトオルコです……? バタフライどうぞ……?」


 【はいさい! こちらバタフライのキーですっ! 初めましてトオルコちゃん! 聞こえてるよっ!】


 途端、この場には不釣り合いなテクノボイスが耳に入った。ううむ、やりずらい。しかし状況が状況なので好き嫌いはしない。


 「はい……じゃあ武器の輸送……? よろしくお願いします」


 間違えていないか、不安になったのでコウに目配せ。彼はうんうんと頷いたので問題はなかったらしい。


 【了解しましたっ! 準備が出来次第、体育館二階窓に『MGL-140 グレネードランチャー』の輸送を実行します!】


 よくわからないアルファベットの羅列はおそらく、グレポンのことだろう。改めて首元のボタンを押す。


 「はい……よろしく……お願いします……!」


 承諾の意を無線で伝える。せめて、周りを不安にさせないよう、語尾を強く言い切り、無線を終了させた。それを確認したコウは、「よし」と呟いた。


 「じゃあ始めるぞ。俺が右側に向かって走る。ジープ級…奴の意識をこちらに釘付けさせるから、俺の合図で左側の階段に走り出せ」


 やや早口になりながら、最後の指示を出すコウ。この問いかけに対して、私は頷くことで了承した。それを確認したコウは、胸の前に大きめの銃を構える。呼応するように、彼の瞳が鋭く研ぎ澄まされる。


 その視線はただ一つ、体育館の中で破壊の限りを尽くしていた灰色の虎に向けられていた。


 やけに静まり返った館内。館内には砕けたフローリングの床と、八つ裂きにされた浅葱色のフロアシートが散乱し、パイプ椅子やトレニアは原形をとどめておらず、ガラクタと化していた。


 そして、虎はステージの下のトレニアの山に顔を埋めていた……否、20mは離れた距離でも聞こえる、液体をすする音と、いっそ清々しいまでに感じる、何かが折れる音。


 口元が見えなかったが、一番最初に犠牲になった先生の遺体がステージ上から消えていたことと、丁度先生が倒れた位置から、虎が顔を埋めているトレニアの山を結ぶように、錆色の血の跡が伸びていた。


 トレニアの向こうで、平然と行われるを見ることはできなかったが、それらの視覚情報だけでも、その何かを予想することは難しくなかった。


 「……カウント3で行くぞ。」


 その様子を見ていたコウが冷静に指示する。あくまでも冷静な口調ではあったが、瞳の鋭さが表情の裏にある激情を映し出しているように見えた。


 私は、ゆっくりと頷いて、拳銃のグリップを両の手で、強く強く握りしめる。


――静寂が幕を下ろす。


 「3……」


――少女は、ハンドガンを。男はアサルトライフルを構える。


 「2……」


――グローブで覆われた手が、ゆっくりと扉に差し掛かる。


 「1……」


――男は、少女の灰色の瞳を。少女は、紺色の瞳を見た。


 「0‼」


――そして、倉庫の扉は開放された。





 ――3/9 10:14 宮城県軸丸高校 体育館内――


 掛け声と同時に、コウは倉庫から飛び出し、銃口を灰色の虎に向けた。そして、扉の開く音に反応したのか、怪物はゆっくり顔を上げた。怪物の口は教師の血でまみれ、規則的に並んだ牙は赤く塗りあげられていた。


 青い髪を揺らしながら、倒れた石油ストーブを飛び越える。怪物の背後をとったコウ。怪物との距離を詰めた彼は、アサルトライフルM4A1のセーフティをかちりと切り、トリガーを引いた。


 その瞬間、空気の破裂音と同時に、銃口からBB弾が打ち出される。幾多もの弾丸は、白い軌道を描き怪物の灰色の皮膚を貫いた。


 低いうなり声をあげる虎。そして、危害を加えた相手を見た虎は、館内の空気を震わせるほどの怒号が体を貫いた。


 数十発の弾丸を体に撃ち込まれても、依然として館内に君臨する捕食者。 


 銃撃を浴びた箇所が結晶化している。しかし、その範囲は微々たるものだ。獣の体内で、変わらず蠢き続ける赤黒い臓器が、いかにダメージが少ないかを物語っている。


 「ちいっ!さすがにバイタルには届かないかっ!」


 銃口を吠える怪物に向けたまま、マガジンのゼンマイを指で巻き上げる。じりじりと巻き上がるゼンマイの音。


 「俺の合図まで動くなよ!」


 怪物に詰め寄りながら、コウはトオルコに指示。目線はトオルコに向いていなかったが、トオルコはそれを了承した。


 コウは、怪物に弾丸を打ち込み続ける。怪物の皮膚を貫通しなかったBB弾が、フローリングの床に落ち、不規則なリズムを刻む。


 そして、怪物は重心を低く下げ、後ろ脚の爪を床に食い込ませた。


 「くるかっ⁉」


 コウはエアガンを下ろし、真横に跳躍した。間髪入れずに、怪物はその巨体を翻し、数秒前までコウが立っていた位置を強靭な前腕で抉った。


 同時に館内に響く、地震を錯覚させるほどの振動で、二階のガラス窓は、ぎしぎしと悲鳴を上げる。その衝撃を受けたパイプ椅子は、紙切れのように吹き飛び、トレニアが木片となって宙を舞った。


 宙に浮いたトレニアは弧を描きながら、トオルコのいる倉庫の扉に直撃した。


 金属の扉にたたきつけられたトレニアは、けたたましい音を立てながら床に落ちる。扉は金属特有の甲高い音を、数秒にわたり奏で続けた。


 その倉庫の内側で、口を覆うトオルコ。唇と密着したフェイスマスクは汗でべたつき、ヘルメットにはトレニアから生まれた小さな木片が当たり、からからと音を立てた。


 「カミキ⁉大丈夫か⁉」


 間一髪、破壊の衝撃を回避したコウは、少女の安否を問う。唾を飛ばし、紺色の髪を乱す。


 トオルコは、扉の内側から左手をだし、勢いよく、サムズアップをみせた。しかし、それは恐怖で声が出なかった少女の苦肉の策だった。


 「いまからコイツを階段から背を向けるように誘導する!準備してくれ!」


 「ひゃいっ!」


 緊張で噛んでしまった。どうか、騒音にまぎれて聞こえてませんようにと、ごまかしのサムズアップをもう一度。


 震えるトオルコの手を傍目に見たコウは、不敵に笑う。


 「……ジープ級恒常種B型……明暗深度は-1……色彩パターンは……『Strawberryいちご』だな。」


 自身の眼球から得た情報を、無機質に羅列するコウ。瓦礫の山を挟んで殺意を向ける大型バルーン。


 手首のスナップを利用し、空になったマガジンを銃から吐き出す。防護ベストから新しいマガジンを抜き出す。


 バルーンとコウの間に、軽やかな音を立ててマガジンが落ちる。その表情から不敵な笑顔は鳴りを潜め、鋭さを増す青い瞳。コウの眼光が怪物の視線と交差する。


 「さて、この卒業式もそろそろ幕引きにしようか」


 エアガン本体にマガジンを差し込み、ボルトリリースボタンを開放する。


 館内に響く澄んだ金属音が、開戦を告げた。

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