MISSION 3「バルーン・ハンター」

 ――― ◀◀ Rewind


 ――― 3/9 09:32 宮城県利府白樺インター付近 ―――



 「まったく、『大樹』の連中は人使いが荒いぜホント」


 揺れる後部車両に女性の声。ベリーショートで刈り上げられた黒髪が彼女のガサツな性格を体現している。銃のストックを開け、バッテリーを入れ替えている最中だ。


 「仕方ないじゃんクロちゃん。もとよりこの時期はバルーンが活発になり始める時期だしね~」 


 女性をなだめるのは対面に座った男性の声。穏やかな口調とは対照的な雪色の頭髪が、窓ガラスの光を受けて澄んだ光沢を放っている。


 「でもシロミネ! 温泉旅行だぜ?! 休暇の届け出まで出したのにさ!」


 銃……エアガンのバッテリー端子の+と-を確認し、銃を動かす動力源と本体を接続する。


 「昨日の夜は露天風呂で気持ちよくなって、懐石料理を味わって、少し地酒を呑んでたっぷり朝寝坊しようとしたのにさ!」


 クロちゃんと呼ばれた女性、クロイはを銃に向けたまま愚痴をこぼす。どうもバッテリーのケーブルのおさまりが悪いらしい。ぶつくさと愚痴をたれながらクロイはいうことを聞かない愛銃に四苦八苦している。


 「はあもうまじ信じらんない!!」


 何とか収まったケーブルを押さえつけるように、ストックをはめた。


 「まあまあ。ひと段落したらまた今度行こうね」


 わがままな子どもをあやすように話す銀髪の男性、シロミネはベストに装備した多弾倉マガジンを取り出し、底部にある歯車状ののゼンマイを巻きあげる。ジリジリと巻き上げる音が心地よい。


 運転席から覗き窓越しに誰かが話しかける。


「やっぱり『DOXY』で来るのは間違いだったんですかね?」


 運転席から女性の声、先ほどの女性の声とは対照的に落ち着いた声。覗き窓越しに暗い緑色の瞳、コーヒーを頭からかぶったような茶髪の女性だ。


 「んなこたあないんじゃないトキワ? 『大樹』の連中なら、たとえ装備がなくったって現場に引っ張り出すと思うけどな」


 目線をタブレットに向けたまま、運転席に声を投げるコウ。


 「コウまでそんなこと言うのか! でも断ればよかったじゃん!? 朝っぱらからたたき起こしやがって……」


 「まあ、新幹線代ケチってコイツで乗ってきちゃったのを通達の時に話しちゃったんだけどね……」


 クロイの隣に座ったコウはスマホで現場の周辺地図を確認しながら、事実を小さくつぶやく。


 昨晩の宴から気持ちよく眠った一同を、早朝になった途端、布団からたたき出した隊長に憎み節を吐くクロイ。


 「何はともあれ、報酬は倍にしてもらえたんだ。稼げるときに稼がないとな。だろ?」コウはにやりと笑い、クロイの顔色を窺った。


 ふん、と鼻を鳴らすクロイ。それだけ言うと口をとがらせてそっぽを向いてしまった。


 後部車両ではガチャガチャと三人の戦闘員が各々の装備を確認している。クロイも温泉旅行をお預けされた愚痴をこぼしながらも装備を整えていく。


 装備がくみ上げられるにつれて全員の口数が減っていく。そして、車内には無機的な金属音としゃらしゃらと音を立てる多弾倉マガジンの音のみが取り残された。


 折り畳み式のコンテナボックスからマガジンを取り出し、胸のマガジンポーチに収める。首筋にチョーカーを取り付け、左腕の携帯型のデバイスと無線接続を行う。


 もののニ、三分で全員が装備の着装を完了させた。


 「トキワ、そろそろ現場だな? 改めて状況を説明してくれ」


 コウの視線が鋭くなる。それにこたえるように車内の雰囲気が切り替わる。隊員一同の雑談もぴたりと止まった。


 「了解です。キーちゃん、お願いできる?」


 それに応える常盤色の瞳。すると、助手席に座った誰かがもぞもぞ動き、姿を現した。


 「はいさい! キーです! じゃあ改めて仙台支局からの情報を提示しまーす!」


 助手席からハイテンションな声。どこか機械的な声も隊員には聞きなれた声だ。


 春に野原を彩るような明るい黄色、タンポポ色の眼球型レンズは、彼女のお気に入りのひとつ。頭髪は赤みがかった茶髪の人工頭髪で、首周りに黒いマフラーをまいている。


 覗き窓から上体を乗り出しキラキラと笑顔を振りまく女性は、外見から判別がつかないほどに精巧なアンドロイドだ。


 「現場は利府町、その中央に位置する軸丸高校! 花の卒業式の最中だったようですね!!」


 うきうきと現場の状況を説明するキー。


 「今はそういうの良いの! ちゃんと仕事しなさい!」


 運転席の女性。目線は道路に向けたまま、アンドロイドを叱る。


 ふう、と残念そうにため息をつくアンドロイド。銀髪のシロミネはその様子を耐え兼ねてくすくすと小さく笑っている。


 クロイはあきれたように小さくため息。キーは深く深呼吸をした。先ほどとは打って変わって丁寧な口調にさし変わる。


 「最初の通報が0923時。同学校の校長が体育館壇上で人体融解を発症し、それに駆け付けた教師の一名がヒトガタの咬傷により死亡。負傷者は約18名。重傷者4名」


 助手席側に備えられた15インチの液晶画面に羅列された情報を整理し、言語情報に変換する。


 「といっても、ほとんどが逃げようとした際にできた捻挫や打撲、階段からの滑落による単純骨折などでバルーンによる直接的な被害ではないようです。すでに救急車両の手配及び治療も現場で行われています」


 「バルーンについての情報は?」隊長が問いかける。


 「被害者の証言によると、6、7体の人の形をした何かが歩いていたと。人体融解によるバルーンの発生。そしてヒトガタのバルーンなどから推察するに、キーは恐らくB型であると判断します」


 「ふむ、発生から10分程度、大体10体前後は発生していると判断していいな」


 袖をめくり、腕時計を見るコウ。


 「それにしても、卒業式の最中か……ちょっと過酷すぎるね」


 白髪の男性が白いフェイスマスクを身につける。


 「今はそれを気にしてもしょうがないぜ?」


 クロイが伏し目がちにつぶやく。


 「私たちにできるのは討伐まで。ですよね?黒さん?」


 運転席の女性が覗き窓越しに、クロイに目線をむけた。クロイは、ぷいっと視線を逸らすように、黒地に白字で×と書かれたマスクをつけた。


 「とにかく、即急に状況を解決しましょう!」


 改めて道路に視線を送る運転席の女性。カーナビに目を向けて目的地を確認する。


 「現場まであと3分です!総員、各装備点検の後、待機してください!!」


 気を引き締めるように、新人オペレーターは声を張った。


 戦闘車両『DOXY』が高速道路を降りる。サイレンがアスファルトに木霊し、車両は一般道を駆け上がる。 数分後、車両は警察、消防、救急車両が跋扈し、混沌の様相をみせる現場に到着した。




 ――― 3/9 09:45 宮城県立軸丸高等学校 昇降口前 ―――



 昇降口前に集結した公的機関の車両。赤いサイレンが白亜の校舎を怪しげに照らしている。昇降口の左手側、50mほど先には体育館があり、有刺鉄線のバリケードが入り口周辺に張り巡らされている。


 救急車両の近くでは捻挫や打撲であろう、けが人の手当てが行われている。昇降口の正面に広がる校庭では全校生徒と保護者が集められており、担任教師がクラス生徒の点呼をとっているが、遠目でもわかるように焦りの表情を浮かべている。


 ある生徒は泣き、ある教師は肩を掴んで震えていた。保護者は自分の子どもを見つけると、何度も名前を繰り返しながら抱きしめ、再会をかみしめていた。


 温泉旅行から一転して、現場に駆り出されることになった傭兵部隊の隊長、仙崎虹は全員を戦闘車両『DOXY』の後部車両に集め、ブリーフィングを行っていた。


 大型トラックほどの大きさがある『DOXY』。3人で使う分には着替えから武装の点検までをするには余裕のある後部車両だが、さすがにオペレーターの2人まで入ると少し窮屈になる。それでも一台のタブレットを囲んで説明する分には問題ない広さだ。


 そして、開け放たれた後部車両の中で会議を行う男女が五人。


 「館内は生存者がいる可能性もある。モスカート及びグレネードの使用は禁止、生存者を発見次第、ゴーグルを装着させ、迅速に出口から出る。」


 コウが画面に出た体育館の見取り図を指さす。


 「3人で出口をクリアニング、クロイはそのまま出口を確保して、シロミネと俺で通路から館内に突入する。」


 クロイとシロミネが同時にうなずいた。


 「ドローンの展開は行わない。通路が狭すぎる。館内で展開するにしても設営に時間がかかりすぎるからな。」


 次はキーがうなずく。ドローンの統制は彼女の仕事だ。


 「じゃあ取り回しの悪いM4じゃなくて、SMGのほうが良いんじゃね?」


 クロイがタブレットから眼を離し、コウに提案する。


 「悪くないが、通路の先の館内は一辺30mはある。それに何体のバルーンがいるのかもわからない。装弾数、確実なキルをとるなら、M4に軍配が上がるだろう。」


 納得するように小さくうなずくクロイ。頑固そうに見えて、柔軟な思考を持っているのは彼女の美点だ。


 もうすこしガサツさが抜ければ、イイ男の一人くらい見つけれるのだが。


 「まあB型なら無いと思うが、ヒトガタ以上のクラスが確認されたら総員撤退の後、装備を対大型装備に換装し再度突入する。」


 タブレットの画面を消す。改めて、全員に視線を向ける。


 「生存者が第一だ。間違っても銃口を向けるなよ?同士討ちフレンドリー・ファイアが起きたら全員の筋トレメニュー倍にしてやるからな!」


 コウの口調が荒くなる。顔面には不敵な笑みが浮かんでいた。


 「やだ……ご褒美ですかコウ?」キーが目を光らせてコウを見つめている。


 「また変なことを覚えて! データをリセットするよ?!」


 トキワがまた叱る。オペレーターの二人のやり取りをみて、小さく笑みを浮かべるコウ。


 「夕方には撤収するぞ! 夕飯は牛タンだ!」


 コウが前に拳を突き出す。ヒュウ、とシロミネが口笛を吹く。全員が拳を合わせ、円陣を組む。


 「……死ぬなよ?」


 「あんたが心配だよ、隊長」


 コウとクロイが目線を合わせた。シロミネも同意するように口角をあげる。


 「任せろって、突っ込んだりしないから」コウが胸を張る。


 「突撃隊長とは言ったものですね……」トキワが不安そうにその様子を見る。


 「キーだって!バックアップは任せて!」爛々とレンズを輝かせて腕をだすキー。



 「『バレット・アント』隊! いくぞ!」


 「「「「応!」」」」




 —―― 3/9 09:47 宮城県立軸丸高等学校 昇降口前 ―――


  装備の最終点検を行っていると、後ろから男性の声。


 「あなたが『ハンター』部隊の隊長ですね?」


 声の主は30代前後の警官だった。『宮城県警』と記されたジャケットを羽織り、少し開けられた胸元から、防弾ベストと水色のYシャツの襟元が覗いている。


 「ええ。バウム公認の傭兵部隊『バレット・アント』隊長、仙崎です」


 名乗りを終えると右手を額に合わせ、敬礼。警官も応えるように手早く額に手を添えた。


 「あれが例の体育館ですね?」


 敬礼を直し、コウは体育館を指さす。


 「そうですね、現時点ではまだ体育館出口からマルバが出てきたという報告は来てません。」


 「ふむ……中に取り残された方は?」


 「教師が確認をとっていますが……あの状況で……」


 警官は校庭に視線をやる。いまだに統制が取れていないようで、教師陣が集団の周りを右往左往しているのがわかる。


 「わかりました。ヒトマル時、10時ちょうどに突入します。警察は継続して、現場と野次馬の整理を」


 「了解です、健闘を祈ります」


 警官は真剣な眼差しでこちらを見た。


 「最善を尽くします。それと完全に別件なのですが……」

 「はい?」

 「ひと段落したら、牛タンの美味い店を聞きたいのですが良いですか?」 

 「職務中に聞きますかそれ……?」


 ため息をつく警官。警官は、きょろきょろと周囲を確認し、同僚が聞いていないことを確認すると、


 「いい店を知ってるんです。地酒もなかなか乙な店が。」


 「そいつはいい。では、気を引き締めていきましょう。」


 小さく微笑んだ警官は無線機に手を伸ばした。


 「塩釜3から各員へ! 『ハンター』隊の突入は10時に決定、各員は継続して被害状況の把握と現場整理を行え!」


 では、と警官は言葉を残し、校庭に集まる教師たちに足を向けた。別れようとしたその瞬間、警官の肩に備え付けられた無線機からひときわ大きな声で無線が入った。


 【こちら塩釜21! 出口から男1名女1名の負傷者を保護!】


 目線を交差させる二人。お互いの目つきが鋭くなる。背後でも愛銃の整備を行っていた二人と、タブレットを操作していたオペレータ―二人がこちらに視線を向けた。


 【女が骨折の可能性あり。また男は、えー腕にマルバによる咬み傷あり、救急隊の手配を求む! どうぞ!】


 【二名の意識はあるか?塩釜21】


 【こちら塩釜21!女性は意識がもうろうとしている様子、男は会話は可能です、どうぞ】


 無線からの通信がひと段落する。コウと警官は顔を合わせる。


 「おそらく最後の2人でしょうか?」

 「だといいんだが……」


 コウは誰も取り残されていないこと切に願った。再度、無線が入る。


 【至急! 至急! こちら塩釜21! 体育館内に1名の女生徒がいるとの言あり!】


 コウの表情が凍り付いた。かすかな願いは、現実によっていとも簡単に踏みつぶされた。



 【『ハンター』隊による突入の繰り上げ要請を求む!】



 コウは警官から離れ、すれ違うように隊員たちが警官に近づく。


 「まじかよ!? B型ならもう20体近く発生しているじゃん!!」


 「これは……ちょっとまずいね。」

 

 クロイが後部車両から飛び降りて警官に詰め寄り、シロミネは口元を押さえ、考え込む。


 「HQシステムはもう展開できます! 時間を繰り上げましょう! 隊長!!」


 素早くタブレットの画面を確認し、トキワがコウに提案する。しかし、その提案は回答されることなく、置き去りにされるばかりだった。


 「あれえ? コウは?」キーが首を左右に回してコウの姿を探す。 


 「さっきまでここに……?」警官も周囲を見回す。


 「いやいや、まさか……」


 トキワが小さくつぶやく。その顔はまさに嫌な予感がする。と言いたげな顔だ。また警察無線が鳴る。



 【こちら塩釜21! 『ハンター』隊の一人が体育館出口から突入しました!】



 「「あのバカぁ!」」 トキワとクロイが声を合わせる。


 「やっぱり突撃隊長だなあ~」シロミネがやれやれとつぶやく。


 「じゃあ任務開始ですね!」


 キーだけがその場でうきうきしながら、ヘッドホンを装着した。

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