58.

「落ち着いた?」


 突然泣き出した紗江を胸に抱きしめ、正樹はずっと紗江の頭を撫でていた。紗江は正樹の胸の中で小さく頷いた。


「どうして、泣いたの?」


 言えるわけがない。

 紗江は首を左右に振った。


「俺の、せい?」


 言えない、絶対に。

 紗江は身を硬くした。


「違うの?」


 紗江を体から引き離して、正樹は顔を覗き込んだ。紗江はその視線から逃れるように目を逸らした。

 正樹はしばらくそのままで紗江の表情を読み取ろうとしたが、ついに諦めた。小さく一つ溜息をつくと、もう一度、紗江の頭をその胸に抱いた。


「紗江、シャワーを浴びておいで。出てきたら、少し外を歩こう。いいね」


 紗江は促されるままに浴室へ向かった。

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