57.
なぜだかわからないが、雨が上がってしまったと紗江は気づいた。そっと正樹の束縛から抜け出し、窓に近づく。雨に代わって、海の向こうから太陽の光がその力を少しずつ強めて降り注いでいた。光を浴びていると、なぜだか急に一人になったような気がした。慌ててベッドに戻ると、正樹はベッドの上で眠っていた。紗江の気持ちなど何一つ知ることなく。
華が萎れていた。
(何をしてるのよ!欲しくはないの)
何を?
(決まってるじゃない。目の前のものよ。欲しいんでしょ)
私のものじゃ、ないわ…
(自分のものにしちぇばいいじゃない)
自分の、ものに…?
(そうよ。欲しいんでしょ)
欲しいわ。とても…
(なら早く自分のものにしなさいよ)
どうやって?
(聞かなくても、わかってるでしょ)
私、知ってる?
(そう。よく知ってるはずよ)
私のものに…
(そうよ、あなたのものにするの)
この人を
(そう、その人を)
華なんて咲いてない。それは全て、紗江自身が生み出した黒い闇。紗江の中の醜い心だった。
紗江は手を伸ばした。正樹の首へと、真っ直ぐに。
正樹の喉元が静かな呼吸に合わせてゆっくりと上下する。その部分を見つめた。
自分のものにするために。
目の前で無防備に横たわる愛しい人を。
その黒い欲望に任せて、その手をかけた。
「ん?紗江?」
びくりとして手を止めると、正樹が気だるそうに瞼を開いた。そして紗江を瞳の中に捕らえると、シーツの中にあった腕を伸ばし紗江を捕まえた。
「おはよ。何時?」
紗江はベッドの上にある置時計に目をやった。
「五時、三十八分」
自分でも驚くほど静かな声だった。
時間を聞くと、正樹の瞳が僅かに大きく開いた。
「早いね。どした?」
私、何をしようとしていたの…?
紗江は自分のやろうとしていたことに愕然とした。
その頬に一筋の涙が伝って落ちた。
突然の涙に、正樹はがばりと飛び起きた。
「ど、どうした!?」
私はなんてことをしようとしたんだろう。こんなに優しいこの人を、こんなに愛しているこの人を、自分だけのものにしようと、手をかけようとした。
涙は雨のように流れ落ち、涙を拭い取ろうとする正樹の手を濡らした。
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