56.
ホテルのレストランでの夕食の後、「せっかくだからあの部屋で飲もうか」と正樹が言うので、ルームサービスでワインとチーズを頼んだ。
「雨が降ってなければ、ベランダで飲むのも良かっただろうね」
正樹がワインをあけながらそう言うので、紗江は視線を外に向けた。ベランダの下にはビーチを照らすための灯りが灯っていて、ほんのりと明るかった。紗江は窓辺に近づいて外を見つめた。細い雨が群青の空から幾筋も落ち、紗江の目の前を通り過ぎた。
「何を見ているの?」
ワインの入ったグラスを一つ、紗江に手渡しながら正樹が後ろから紗江を抱きしめた。腰に回された腕に触れながら肩越しに正樹を見上げる。こうやって見ると彼の睫毛が意外と長いのがわかる。
「雨をね、見ていたの」
「雨を?」
「そう、雨を」
両手でワイングラスを持ち、紗江は視線の先を窓の外でいまだに降り続く雨に向けた。
「雨が好き?」
紗江はワインを一口飲んだ。正直、ワインの味はよくわからないが、このワインはとても甘美に思えた。
「好きになったの」
あなたに逢ってから。
ガラスに映った正樹を見ると、彼も窓ガラス越しに紗江を見つめていた。もう、言葉は不要だった。
正樹は紗江の手からグラスを奪うと、テーブルの上に置いた。そして、背後から紗江を抱きしめると、首筋に熱い吐息とキスの雨を降らした。雨の音が部屋を満たした。
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