59.

 紗江がシャワーを浴びて部屋に戻ると、正樹が昨日のスラックスをとジャケットにインナーだけを白いVネックのシャツ変えて窓辺に立っていた。紗江が入ってきたことに気づくと優しく微笑んで近くに歩み寄った。


「さっぱりした?」


 紗江はコクンと頷き「ごめんなさい」とか細い声で言った。


「ストップ!」


 強い口調で言われて、紗江は思わず正樹の顔を見上げた。


「『ごめん』はなし。いいね?」


 紗江は大人しく頷き返そうとして、はたとあることに気づいた。


「髪、濡れてる…」


 正樹は「ああ」と言って、自分の頭に手をやった。


「うん。顔を洗ったときにね、頭も洗ったんだ」


 私がシャワーを使っていたからだ、と紗江は思い当たった。


「ごめんなさい。私がシャワーを」

「ストップ!ごめんはなしだよ」

「あっ、ごめ…」


 また「ごめんなさい」と言おうとしたのに気づいて紗江は咄嗟に口を押さえた。正樹もその行動に気づき、二人は顔を見合わせて吹き出した。ひとしきり笑った後、正樹は自分の前髪をつまんで引っ張りながら説明した。


「これはさ、癖、みたいなもんなんだよ」

「癖?」

「そう。仕事で徹夜明けなんかだとよくするんだ。頭もすっきりするし、何より風呂に入ってないからね。だから気にしなくていいよ」


 その様子を想像し、紗江は少し笑った。


「じゃ、ちょっと外に行こうか」


 そう言って正樹はスラックスのポケットに携帯電話と小さな箱を入れ、紗江の肩に手をかけて部屋を出た。

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