53.

 週末でさえなければ正樹は紗江に逢ってくれた。それがどんなに遅い時間であろうとも。


「明日は逢える?」


 シーツの中で正樹の腕に絡みつき、お決まりの台詞を吐いた。明日は土曜日で返ってくる答えが分かっていても。


「ごめんよ。明日はダメなんだ」


 正樹は紗江のほうに向き直り、胸の中に紗江を仕舞い込んだ。


「明後日は?」


 愚の骨頂ともいえる自分の行動を分かっていながらも、紗江は問わずにはいられなかった。


「ごめん」


 そう言って胸の中の紗江の頭を優しく撫でるのもいつものことだった。


 そう。いつも。いつも。いつも!


 紗江の中の黒い華がその頭をついと上げた。


(分かっているのに聞くからよ。聞かなければいいだけじゃない)

 でも、もしかして逢えるかもしれない…

(ぷっ!ありえないわよ)

 どうしてよ!

(だって、この人、優しいでしょ)

 そう、ね…

(そんな人が『大事な家族』を放っておける?)

………

(フフフ。ね、わかるでしょ)

…私の、ことは…

(あなた?家族よりは大事じゃないんじゃない)

 大事じゃ、ない…

(わかってるクセに。クスクス)

 わかってる?私が?

(そうよ。知ってて顔を背けてる)

………

(そうやっていてよ。私が綺麗に咲けるから)


「紗江、そろそろ帰らなくちゃ」


 紗江の頬を優しく辿りながら、帰りの近づいていることを正樹が告げた。


「もう?」

「うん、そう。ごめんね」


 優しい。優しいのにこの人は残酷だ。でも、それでも、好きだ。


 紗江は額を正樹の胸にもたせかけた。紗江の頭を強く引き寄せその額をさらに胸に密着させ、正樹は紗江の頭頂部に優しくキスをした。


「ねぇ、紗江」


 正樹の呼び掛けに紗江は胸に預けていた額を正樹に向けた。


「今度の連休、空いてる?」

「え?」

「泊りがけでどこか行こうか。二人っきりで」

「泊まりで?」

「うん、そう。そういうの、紗江は嫌い?」


 泊りがけの旅行は好きじゃない。知らない場所に行くと自分がわからなくなるから、それが理由だった。見知らぬ土地。見知らぬ人。いつもと流れの違う時間。いつもと違う風の香り。空気の肌触り。見上げた空。流れる雲。降り注ぐ陽の光。瞬く星。遠くに浮かぶ月。何もかも知らなさ過ぎて、自分さえも知らないものになったかのようになる。足元が崩れていくように思える。

 それなのに。

 紗江は「行くわ」と答えていた。

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