45.

 逢っているときは早過ぎる時間の進みも、一人のときは恐ろしく遅々として進まない。

 まだそれでも仕事をしているときはよかった。何も考えなくて済む。

 でも、家で一人になると、思いは唯一つへと向かった。


 休日の今日は誰とも約束をしていなかった。たった一人の休日。

 窓の外を見ると、このところ見たことないほど青い空が広がっていた。

 じっとしているのも勿体ないような気がして、部屋の掃除をすることにした。溜まっていた洗濯物を干し、部屋中の窓を開けて隅々まで掃除をするとほんの少しだけ気持ちが軽くなったような気がした。

 だから、少しだけ外にでてみようと思った。何か本を探して、甘いものを買って、家でのんびりしようと決めた。以前はそういう休日をよく過ごしていたものだった。


「本も買ったし、次は甘いものっと」


 一人呟きながら通りの向こうを見ると、今までとは違った見慣れない店が見えた。最近オープンしたばかりのカフェらしい。店内にある丸いテーブルには何組かの客が座っているのが見えた。昼もとうに過ぎているためか、店内には空席が目立つ。


「たまには外で読むのもいいかな」


 いつもよりも多い独り言に気づかぬまま、紗江は道を渡り始めた。


 店内はダークブラウンで統一された落ち着いた雰囲気で、その空気を壊さない程度に小さな照明と静かにクラッシックが流れていた。紗江は窓際のテーブルに本を置いて座り、本日のケーキの中から野イチゴのタルトとアールグレイを注文した。タルトも紅茶も申し分のない味だった。

 ゆったりとした時間の中で読むと、本はあっという間に読み進めてしまう。新しく買ったばかりの推理小説も小一時間ほどで半分も読んでしまった。一息つくためにカップを持ち上げ冷め切ってしまった紅茶を口に含んだ。良質の茶葉を使用しているのだろう。冷えても口に広がる香りは最初に口に含んだときとほとんど同じだった。

 窓の外に広がるこれ見よがしに青い空。面白い本。おいしいケーキに紅茶。ゆったりと流れる時間。それらを満喫しながら通りを流れる車と人の波を見ていた。あまりにもゆったりと浸っていたから、まさか青空に蹴落とされるなんて思っても見なかったのだ。


 その時紗江が見たのは、いつか見たのと同じ、正樹と以前同じ車に乗っていた女性が仲睦まじそうに肩を寄せ合って歩く姿だった。

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