44.

 紗江は正樹の腕の中で彼に髪を弄ばれながらまどろんでいた。

 部屋のほとんどを占めるベッドの大きさも、落ち着かないくらい煌びやかな部屋の装飾も、すでに気にならなくなっていた。


「紗江」


 少し掠れ気味の声で名前を呼ばれて、紗江は正樹の旨に預けていた頭を少し持ち上げた。


「明日から出張になった」

「いつ、まで…」


 不安そうに尋ねる紗江に、正樹は優しい眼差しを向け、紗江の髪を梳きながら言いにくそうに答えた。


「今週は帰って来れそうにない」

「…そう…」


 心が一気に暗い穴の中へ沈み込んでいくのが分かる。紗江は下を向き、正樹の胸に顔を埋めた。

 そんな紗江を正樹は両の腕で抱きしめた。


「ごめん。電話もするしメールもするから。待っててくれる?」


 仕事ならしょうがないことだ。彼を責めるわけにはいかない。なら、することは一つしかない。

 紗江は承諾の意を正樹の胸の中で頷くことで表した。


「早く、帰ってくるから」


 正樹は紗江をさらにきつく抱きしめた。

 優しい束縛。けれど、未来のない冷たい呪縛。それでも拒否など出来ない紗江だった。

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