41.
二人が食事を終えて店を出たとき、雨は激しさを増して店の軒先にいる二人にまでその手を伸ばそうとしていた。車を停めている場所まではたいした距離でもないが、この雨ではかなり濡れてしまうことは避けようがない。意を決して紗江が軒下から出ようとしたとき、正樹がそれを制した。
「待ってて。車、取ってくるから」
「でも!」
「気にしないで」
「気にします!」
思わず言い返していた。けれど、それは紛れもない本心だったから、紗江はそのまま真っ直ぐ正樹を見つめた。
正樹は驚いたように目を見開いていたが、やがてふっと微笑み、右腕を伸ばして紗江の肩を抱いた。
「じゃ、行くよ」
「はい」
正樹の合図で、二人は激しい雨の中へ飛び出した。
大粒の雨は二人に容赦なく叩きつけ、下に溜まり行き場をなくした水にも跳ね返り、足元からも二人を襲った。
車に近づく手前で、正樹は手にしていた車のキーで、車に触れることなく扉のロックをはずした。そして、助手席のドアを開け先に紗江を車に乗せると、運転席側に移動して自分もすばやく乗り込んだ。
たった数メートルだったにもかかわらず、二人の髪や頬には今にも重力に逆らわず落ちていきそうな雫が幾つもあった。
「まいったな」
結構濡れちゃったな、と呟きながら、正樹は前髪を掻き揚げた。濡れた髪は落ちることなくそのまま張り付き、普段は見られない額をあらわにした。
紗江は雨を拭うために持っていたハンカチを、正樹の額に当てた。正樹は驚いた顔をして紗江を見つめた。
「風邪引くといけないから」
額に、頬に、ハンカチを当てて紗江が雨の雫を拭っていく間、正樹はじっとしていた。その手が顎へと下りていくのを正樹の熱い手が止めた。
「逢いたかった」
濡れた瞳が紗江を捕らえ、熱い吐息が言葉を奪った。
深く確かめるようなキスは、長い間紗江の意識を翻弄した。やっと解放されたとき、急な坂道を一気に駆け上った後のように息も絶え絶えで、紗江は正樹の鼓動を聞きながらその弾む息を整えた。
「紗江、今から、いい?」
言わんとしていることはすぐに分かった。断ることなどありえない。
でも…。
「昨日…」
「ん?」
「…なんでも、ないの」
尋ねてしまえばよかった。
できなかったのは、ほんの少しの綻びですべてを失いそうに思えたからだった。
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