40.
いったいどうやって見つけてくるのだろう。正樹が紗江を連れてきたのは、郊外のはずれにあるこじんまりとしたイタリアンレストランだった。「ちょっと待ってて」と言い置いて、紗江を車に残したまま正樹は店に入っていった。程なくして店から出てくると、紗江の座る助手席側に近づいてきてドアを開いた。
「予約してなかったからね、聞いてきたんだ。大丈夫そうだよ。さっ、行こう」
馬上の姫に差し出されたかのような手に助けを借りて、車のシートから抜け出した。雨は霧雨に変わっていた。
正樹がチョイスする店は、大通りよりも小さな通りにあり、こじんまりとしていてどこか懐かしくて暖かい雰囲気の店が多い気がする。そのことを紗江が伝えると、当の本人は意識がなかったらしく、その指摘に照れたように頭を掻いた。
「そう、かもしれない、かな。意識したことはなかったけど」
二人が話をしていると、テーブルの上にメインのパスタにサラダ、パンが次々と並べられていった。そこで紗江は何かおかしいことに気づいた。
「どうして?まだ、注文してないのに…」
席に着いてから、喉を潤す水は用意されたものの、注文を取りに店員が来た覚えがない。なのに、なぜ、テーブルの上に食事が並ぶのか。その疑問には正樹が答えてくれた。
「店に確認に入ったときにね、注文も済ませておいたんだ。夜はコースしかなくてね。肉か魚か、パスタにピッツァしかないらしいんだ。…あ、パスタじゃないほうがよかったのかな?」
うろたえる正樹に紗江はにっこり微笑んで、「大丈夫です」と言って見せたが、正樹はイヤなら代えてもらうよと問うている。
最初にパスタと言っていたし、すでに卓の上にはほのかに湯気を立ち上らせるパスタが鎮座し、口に入れられるときを待っている。紗江としては、もう目の前の食事以外を取りたいとは思えない。
「本当に大丈夫ですから。気にしないでください」
”気にしないで”
いつもなら正樹が言うセリフを自分が言ったことに、突如笑いがこみ上げ、紗江は思わず吹き出していた。そして、そのことに気づいた正樹も。
ひとしきり互いの顔を見て笑いあった後、正樹が笑いを残した顔のまま、目の前の食事を見やった。
「とりあえず、冷めないうちに食べようか」
「はい」
二人は行儀良く両手を重ね合わせて「いただきます」と言ってから、パスタの皿に手を伸ばした。
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