42.

 気だるい波に揺られながら、紗江は夢とも現ともわからぬ狭間に身を置いていた。

 紗江の首の下に腕を通して、正樹は紗江を自分のほうへと引き寄せ、髪の間に指を通して紗江の髪を弄んだ。細胞の一つ一つまで敏感になった紗江の体は、その柔らかな刺激さえも甘美な愛撫だった。


「紗江」


 呼びかけられて、その腕の中で紗江は顔を上げた。


「もう、帰らないと。明日、仕事でしょ」


 そうなのだ。まだ週末ではない。でも、紗江はこのまま朝までここにいてもよかった。

 紗江の瞳が不満を伝えたのだろう。正樹が小さく苦笑した。


「うん。できれば帰りたくないんだけどね。でも、一度帰らないと、もう着替えがないんだ」


 そう言えば、正樹は今日出張先から帰ってきたことを思い出した。荷物は見えなかったが車の後部座席にでも置いてあるのだろう。その中に代えの服はないということなのか。それとも、それは口実で、何か別の理由があるのかもしれない。

 そんな考えに及んだ途端、紗江の脳裏にあの光景が甦った。車の助手席に座る女性と後部座席の子供が。

 胸の奥がチリチリした。


「大丈夫だよ。しばらくは出張もないだろうし。紗江さえよければ、毎日だって逢うつもりだから」


 正樹は愛おしそうに紗江の頭を抱き寄せ、その胸の中に納めた。

 それでも、紗江の心の鈍い違和感は消えることはなかった。

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