35.

 幾度目かの絶頂の末、紗江は気だるい海を漂っていた。

 話には聞いていたが、こんな感覚は初めてだった。奈落の底に突き落とされたような、目の前で光が弾けたような、恐怖とも狂喜ともつかない女としての喜び。それを与えてくれたのは正樹だった。正樹との初めての時もそれなりに喜びは感じたが、初めてであるが故の僅かな緊張が、扉に鍵をしたのだろう。


「紗江」


 名前を呼ばれて、紗江は潤んだ瞳を正樹に向けた。そして、自ら唇を重ね合わせて、再び彼を欲した。その様子に驚きながらも、正樹は熱いキスに答え、彼女の体を優しく愛撫した。

 正樹がそれ以上返してこないことが分かると、紗江は互いの濡れた唇を離し、縋るような瞳で深みを求めるように見つめた。正樹は苦笑いしながら、そんな彼女をきつく抱きしめた。


「ごめんね、紗江。もっと喜ばせてあげたいんだけど、もう限界」


 紗江の瞳には明らかに落胆の色が見て取れた。


「紗江だけを満足させてあげることはできるけど、それでもいい?」


 それは二人で同じ世界に足を踏み入れることではなく、紗江一人が正樹の手によって高みに誘われることを意味していた。


「一人は、イヤ」


 二人で見出した喜びだった。一人で迎えることに何の意味があろう。


「そっか。なら、我慢してもらうしかないかな」


 燻る熱を宥めるように、正樹は紗江の髪に指をいれ優しく頭を撫でた。紗江は頭を何度も往復する手の重みを感じながら、その胸に額を寄せた。

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